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<title>高校生からのゲーム理論 (ちくまプリマー新書)</title>
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<description> 本書は、「高校生からのゲーム理論」と書いているように、高校生以上を対象としている。
 本書を読破後、難しいことを簡単に説明する能力の高さ（絵本を書かれた経験があるせいか、読んでいて何だかホッとした...</description>
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 本書は、「高校生からのゲーム理論」と書いているように、高校生以上を対象としている。
 本書を読破後、難しいことを簡単に説明する能力の高さ（絵本を書かれた経験があるせいか、読んでいて何だかホッとした）、豊富な事例（19も！）と分野の広さ（歴史、サッカー、哲学、環境問題、エア･ドゥ、論理学、宗教、etc.）、160ページ以降の展開に、読破後には放心状態になった。

 本書を通じて、全国民がバイブルとして読めば日本は変わるかもしれないと思った。この本を読むことで、ゲーム理論が多分野で応用可能であること、並びに身近な出来事に置き換え（＝イメージする）ことが可能であるかを再認識した。
 特に、160ページ以降を読むと私が言いたいことが理解できると思う。高校生はもとより、新社会人の研修テキスト、大学の教養レベルのイチ押し、職場の勉強会もどきのテキスト、カツマーのように1冊の本を読み、ある場所でそれについて話し合う本として最適ではないかと考える。

 一例を挙げると、ゲーム理論を学ぶ（！）第一原理として、松井氏は序章で「自分が当事者でありつつも、外から見る目を養うこと」を挙げていた。そして、あとがきで「相手のことを思うこと」をゲーム理論を活かす（！）第一原理として挙げている。
 松井氏が挙げたゲーム理論を“学ぶ”第一原理と“活かす”第一原理は、福祉の分野でも十分に応用可能だと考える。具体的には、「利用者のことを考える」は“活かす”第一原理に相当し、「客観的な視点を持つ」は“学ぶ”第一原理に相当するのではないか？

 「利用者のことを考える」は、福祉に限らずあらゆる分野に該当するだろう。相手（＝お客様）のことを考えないで、一体何ができるのか？
 一方、「客観的な視点を持つ」は、社会福祉士やケアマネの研修を受講すると耳にタコができるほど聞く言葉である。“利用者のことを考えつつ、客観的な視点を持つ”―簡単なようで実際には難しい。
（中）
 私も日々自問自答するが、最近になって上記に必要な考え方が何かがおぼろげながら浮かび上がってきた。それは“論理的思考力”であり、ツールのひとつとしてゲーム理論が有効なのではないかと考えている。

 本書は、どこからでもつまみ読みできるよう構成されており、節単位で読んでもゲーム理論の考え方が理解できた。また、読破することで自然と自分の得意な分野とそうでない分野を把握できた。
 私のような北海道民は、本書を手にとったら速攻でエア･ドゥの節（p.90-97）を読まれると良いかもしれない。

 ただ、読んでみるとひとつだけ気になる点が合った。それは、高校生には少し酷なレベルかもしれないと感じたことである。
 SSH（スーパーサイエンススクール）レベルの高校生には丁度いいと思うが、私のような平凡な高校レベルの生徒には少しレベルが高いかもしれない。それでも、負けず嫌いでがむしゃらに読むのもいいと思う。
 1節でも理解できれば、ゲーム理論への扉は開かれるのだから。わからないところがあれば、わからない分野に詳しい先生に聞けばいい。

 また、本書は慣習と規範、障害と経済、帰納論的ゲーム理論を平易に説いており、松井本の入門書にもなっている。本書を通じて「慣習と規範の経済学」で松井氏が何を言いたいかを理解することができた。

 最後の“◎もっと勉強したい人のために”を見た瞬間、冊数の少なさとハードルが低くないことに驚いた。松井氏の愛情なのかもしれないし、枚数の関係かも…
 他にも、ゲーム理論の著作は星の数ほどある。ただ、私が学生時代に参考にしたゲーム理論本の一部は、現在では古い考えしか記述されていないので有用ではないことを知った。

 おまけとして、以下にゲーム理論の用語を箇条書きする。
（1）ゼロサム･ゲーム【p.19-20】：自分と相手の利得を足してゼロになること。
（2）チキン･ゲーム【p.20】：自分と相手の利得を足してもゼロにならないこと。
（3）ナッシュ均衡【p.22】：チキン･ゲームによって生じる安定的な点のこと。
（4）囚人のジレンマ【p.23】：協調より裏切りのほうが得すること。
（5）インセンティブ【p.103】：アメとムチ。
（6）バックワード･インダクション【p.88】：後方のほうから解いていく解き方。
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<title>神話が考える ネットワーク社会の文化論</title>
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<title>下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)</title>
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労働を経験する前に消費者としての経験を子供がつみ、教育に経済合理性イデオロギーが誤って導入された結果、現代の若者は勉強することの自分の苦労と教育サービスを商品の購入と同じ交換だと考えるようになってしまったと言う。その結果、自分が払うお金としての苦労は最小限に値切るのが当然で、しかも「それを勉強して何の役に立つのか説明してくれなければ、勉強しないよ（買わないよ）」というかつてはなかった新しい態度が生まれたのだと言う。
しかし、勉強をする以前に学問の価値を理解する、説明することは不可能だ。その結果、「自己責任」で判断して勉強することを拒む若者層が生まれ、90年代以降日本の若者の学力、知力は急速に低下していると説く。

著者の饒舌で、巧みな説明に思わず説得されそうになるが、実は検証可能な事実に基づいた論拠は示されていない。確かに世界学力テストの推移をみると、日本の子供はかつてのトップからじわりじわりと落ちてきている。上がっているのは、香港、台湾、韓国、シンガポールなどだ。
しかし、こうした国は日本と同様、あるいはそれ以上に、経済がクローバル化する中で、現代消費文化や市場を相手にした経済合理性イデオロギーの洗礼を受けている。従って、日本の若者、子供の相対的な学力低下を、経済合理性イデオロギーの教育への浸透や現代消費文化で説明するのは、明らかに無理がある。
教育のあり方については、納得できる重要なポイントも指摘されているのだが、結局は「経済合理性イデオロギー」を攻撃、批判したいという著者の我田引水論法が饒舌なレトリックで展開しているだけだ。

そういえば、私が高校生だった1970年代にも、若者論ではやった言葉が「三無主義」（無責任、無感動、無関心）だったなあ。２００７年にベストセラーになった本書が文庫になったのでとりあえず読んでみたが、かなりのズレを感じるのは気のせいだろうか。本書は家にひきこもっているニートが生まれた社会的背景や処方箋を著者なりに分析・提示しているが、はっきりいって的はずれもいいところである。＜生まれながらに物を与えられる贅沢な環境に育った子供たちに労働や教育の意味をわからせるのは土台無理、静かにそのまま引きこもらせておくために税金出動もやむなし＞という論法は、どう考えても乱暴すぎる。

大した努力もせずに即物的な見返りをほしがるのは確かに今の若者たちに顕著な傾向だが、それをグローバリズム経済のせいにだけしてしまうのはいかがなものか。バブルを経験した私は途中まで「ジャパン・アズ・ナンバー１」という神話を信じていた世代の一人であるが、それすら経験せずにひたすら坂道を転げ落ちていく日本の現状しか知らない若い世代に「未来に希望を持って働け（勉強しろ）」と言ったところで信憑性がないのである。そんな明日をもしれない未来の成果よりも「今もらわないといつもらえるかわかったもんじゃねぇ」というのが、連中の本音ではないだろうか。

年金問題をみても明らかなように、過去のツケを後代におしつけて逃げをかまそうしている世代に属する著者が、「武道を見習って師を尊敬しろ」と声高に叫んでも「何バカいっちゃんての」と切り返されるのがオチ。この本の中で語られていることは、あくまでも日本の現体制がむこう百年安泰であるという幻想の元に成り立っており、数十年後には中国の一州に成り下がっているかもしれない現在の国状では、まったく根拠をうしなっているのだ。

本書の中では、引きこもりと表裏一体のイジメ問題についてまったくふれられていないし、興味本位のマスゴミによってニートという存在が社会認知化された背景も無視されている。いずれにしても、著者の得意分野である思想面からニート分析を長々と語ってくれているが、そんな高尚な意思が連中にあるとはとても思えない。派遣村で金をもらったとたん行方をくらましたニートたちは一体どこに消えたのか、筆者は再度よーく考えてみるべきである。

「学校（会社）に行けば変な気をつかわれていづらいし、こうやって引きこもって親の愚痴にさえ我慢すればただ飯も食える。マスコミが騒いでいるってことは俺みたいな奴が他にもいっぱいいるってことじゃね。とりあえずニートってことで、まいっか」（新渡君の一人言）生まれ持っての「消費」体質…
30代の私は「下流志向」の年代層に当てはまるのかどうか、
考えながら読んだ一冊。

「生産」「労働」「消費」バランスの大切さに
気付き、実行してみようと感じたことです。

講演録だがあいかわらず内田樹はすごい。
小泉改革以降起きている日本人の荒廃は、さまざまな類書が分析を試みてきたが、僕の知る限りその最大の成果といってよいのではないか。E.フロムの「自由からの逃走」へのオマージュともいえる内容だが、「学ばない子ども」と「働かない若者」の精神構造に精緻にメスを入れていく。戦後日本はあのナチズムのとき以上にグロテスクな精神社会を築き上げてしまった。
この本については後日もう一度深く書いてみたい。
他のレビューを見ると賛否両論あるようですが、この本は難しいことを考えずに教育問題について書かれた気軽なエッセーとして読むのが正解です。実際、著者の講演内容をまとめたものなので、口語体でとても読みやすいです。いまどきの子ども・若者について疎かった僕にとって驚愕の内容が多く、非常に興味深かったです。

学級崩壊や勉強しようとしない子どもたちの行動を等価交換という考え方によって説明している点は、大きな発見でした（ただし、等価交換は諏訪哲二さんの説を引用したもの）。何の役に立つかも分からない勉強をさせられるという苦役に耐える代わりに得られるものは何なのか。教育をビジネスライク捉えてしまうのは、物心ついたときから消費主体として生まれ育ったゆえである。現在、社会問題となっている様々な事象をこの等価交換説によって読み解いていくあたりは、実にスリリングでした。
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<title>東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた</title>
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<description>一つのテーマについてこんなところからやるの？と思うほどに徹底的に問題を掘り下げ、非線形的な方法で解を導きす――
いまの時代に必要なのはこういうやり方だ！というのは、会社で行き詰まりを感じている社会人...</description>
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一つのテーマについてこんなところからやるの？と思うほどに徹底的に問題を掘り下げ、非線形的な方法で解を導きす――
いまの時代に必要なのはこういうやり方だ！というのは、会社で行き詰まりを感じている社会人なら直観的にわかると思います。
ある意味、成長経済を引きずった既存のマーケティングの考え方をすべてくつがえすやり方ですよね。ぜひ社会人、とくにエラい人に読んでもらいたい本です。そして、高校生にも読んでほしい。これはビジネス以前に「世界をよくする方法」の見つけ方の本だと思うので。

一見しごく簡単で、ときに幼稚に思える場面があっても、短期間でバーッと広げてギューッと収束させていくことができるのは、やはり東大生のポテンシャルの高さなんでしょうか。

それにしても、講師がＩＤＥＯとか、東大生うらやましい！ 
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<title>動物化するポストモダン　オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)</title>
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<description>著者は1970年生まれである。
こういったサブカルチャー論は、著者が10代20代を過ごした時代が
中心になるので、著者の年齢に気をつけなければならない。
私は宮台真司や大塚英志と同じ60年前後の生ま...</description>
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<![CDATA[
著者は1970年生まれである。
こういったサブカルチャー論は、著者が10代20代を過ごした時代が
中心になるので、著者の年齢に気をつけなければならない。
私は宮台真司や大塚英志と同じ60年前後の生まれなので、
10年違う著者のオタク趣味は興味深く拝見した。しかしそこまで。

この本の内容は「90年代のオタクは、80年代のオタクの物語消費に加え、
データベース消費をするようになった。その証拠が二次創作をするから」
ということに尽きる。一冊使わずともブログに書けばいいのに、と思う内容である。
宮台・大塚の引用が多く、丸ごと同意してページを稼いでいる。
物語消費論は大塚と同じだから、著者のオリジナリティはデータベース消費しかない。
そのデータベース消費の証拠をいろいろ挙げているが、アナロジーばかりで分析がない。
やっと分析に入るか、というところで「別の機会に」と書いてあってずっこけた。

他の人も書いているが、著者は動物化と言っているが
動物は二次創作などしないはずである。
そこのところが文中でも一定せず、章により論調がぶれる。
結論ありきで分析なくアナロジー頼みだからであろう。
「ブルセラ女子高生と付き合いがないので気持ちがわからない」
と書いてあるのは宮台への嫉妬を感じた。
90年代オタクの嗜好がわかったからいいや、と思っていたら
あとがきで「90年代オタクの嗜好は教えてもらいました」
と書いてあったので再びずっこけた。
著者の頭の悪さを感じる一冊。タイトルの『動物化するポストモダン』とはどういう意味だろう。
ポストモダンとは，つまり近代以降。近代は通常，第二次大戦までと言うことだから、
ポストモダンとは現代のことだ。

動物化とは，東氏の定義によれば「人間でありながら、欲求をコミュニケーション無しで
即物的に実現する」ことだ。

つまり、動物化するポストモダンとは
「現代は、人間が、その欲求を動物のように、コミュニケーション無しで即物的に求める時代」
ということだろう。

だから何だと言うのか。
ぼくは，オタクを特に否定はしないが、
ただ，そんな時代だとすれば，嫌悪するのみである。 デリダの研究者ですから、当然デリダ的な発想はでてくるのでしょうが、文章は読みやすいです。
 筆者の他の本（ゲーム的リアリズムの誕生?動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)等）を読んで本書を読むと、彼の立ち位置が良くわかりました。現時点では、かなり共通化されたオタク世界におけるポストモダン的要素を、当時ここまで切り出してきた力量は評価すべきではないでしょうか？特に、当時主流だったオタク文化の江戸起源論に対し欧米文化からの影響の大きさを見せた点や、またその切り口が、オタク世界だけではなく、日本社会の一大特徴として適応できることを示した点でも面白かったです。
 筆者の直近の考えを知らないため、彼が今何をなそうとしているのか語ることはできませんが、私個人にとっては魅力的な書き手であり、過去現在の未読の書物を読んでいきたいと思います（ギャルゲーはやりませんが。いや、良い悪いではなく時間的に無理なのです（笑）） 「ねとすた」や「動物化してもいいですか」に触発されて本人の著書を読んでみた。他人に説明しようとすると、東大哲学科に進んでしまった岡田斗司夫となるのだが、この程度の人間によるレビューである。気にしないで欲しい。

 ポストモダンの流れをオタク文化から見ようという趣味と実益を兼ねたとしか思えない一冊である。アニメ、ギャルゲー、MADに興味があるなら、面白く読める日本論だと思う。

 ポストモダンで失われてゆく大きな物語(イデオロギー)の喪失を埋めるための、データベース消費構造論は興味深い。設定の集積とその組み合わせから作品が生まれ、消費及び二次加工される。この場合、オリジナルとコピーが同列になってしまう。庵野秀明がパロディのみで作品を作れることや、エヴァが物語として完結しないこと、ガイナックスが自ら碇シンジ育成計画を発表するあたりを上手く説明している。

 また、この二次創作性やデータベースによる集積と現在のネット文化の親和性、相似性についても、IT業界に関わる人間からの細かいツッコミを承知で、良くまとめている。

 最終段で、ポストモダンの話に欠かせないヘーゲルが出てくる。著者はヘーゲルによって終わらされた以降の歴史をコジェーヴというヘーゲル研究家に求める。近代の終わりに人間は動物化するという論のようだ。人間に対しての動物とは即物的に欲求を満たすだけの存在だ。少々悲観的な見方である。

 でもさあ、あずまん(ため口かよ)。動物化しても良いかもしれないけれども、ヘーゲルを土台にするならば、また大きな物語は別の形で戻ってくるんじゃないかなあ。シニシズムだけで生きられるほど人間は強くないと思うし、人間(ジンカン)主義への回帰だってあるかもしれないじゃない？著者の議論は刺激に満ちているが、粗雑さや曖昧さもあるので、クリアに理解するには、各自が強引にでもまとめなおしを試みるとよいと思う（思想の要約というのは常に暴挙だが）。私の場合、以下のようにとらえた。

＜
オタク系作品にあたるとき、個別の作品を消費していると普通は思うが、個別の作品を通じ実はその向こうにある大きな物語（世界観）を消費していると大塚英志は考えた。だがいまや大きな物語を前提できないと考える著者はこれをおしすすめ、作品にあたるとき、実は（萌え）要素のデータベースを消費しているのだという。個別作品はデータベース内の諸要素のくみあわせのひとつにすぎず、本来それは無限にありうるし、自由な読み込みでシミュラークルは再生産されうる。この場合、二次創作のよしあしは、オリジナルと似ているかどうかではなく、データベースにある諸要素のサンプリングがうまくいっているかどうかにかかっている。

オタクは、大きな物語の不在を、このデータベース消費において埋めあわせしようとする。彼らは他者との関係性のなかで生じる「欲望」充足は優先しない。好きな萌え要素でできた作品を「欲求」し、それが充足されれば満足という意味で「動物的」であり、また孤独なのである。
＞

著者の考え方はオタクについてのひとつの説明方式として有効なものであるように思えるが、その正否にかかわらず、「大きな物語」を「データベース」で代置する著者の考え方は斬新でインパクトがあり、オタク論にとどまらない射程をもつ思考枠であるように思う（本書が書かれて8年もたっているから、いろんな派生はすでにあるのだろうと想像する）。オタクと関係なく読んでも刺激のある有益な本だと思う。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/06/4199060804.html">
<title>全部わかった!国際銀行家たちの地球支配/管理のしくみ (5次元文庫 あ 3-2)</title>
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かなり前作とだぶる。最後の人権〜法案？ 何コレ？ これもユダヤの陰謀で日本版の「ADL」といいたいのか。「ユダヤ・プロトコール超裏読み術」「ユダヤの告白」。。。。20年以上経過して、、、「実現している」。24年前の「ユダヤ警告本」の的中率。驚愕する。だから「ユダヤ陰謀本」とは、いわない。この本は「ユダヤ警告本」でない。日本人に必要なのは「ユダヤ警告本」だ。ロスチャイルド一族の過去の悪行をちょっことなぞっても人畜無害。資本主義も共産主義も「ユダヤの創造物」。今後人間が歴史上延命するためには「ユダヤの経済」を全部壊さなければならない。それは何だ？ 日本史上の「経済活動」を再考してみるのもいいだろう。平安時代の「経済」とは？ ウォール街、ロンドン・シティの「市場」をやり続ける事は「破綻」した。世界は機軸通過なしのブロック経済圏ができて、生き延びるのかもしれない。新型インフルエンザの騒動を振り返ると、タミフルで大もうけをしている製薬会社がいる。結局は、裏があったのだ。

そして、本書でははっきりと新型インフルエンザはアメリカ政府機関によって作り出されたと明言している。この本は本当に読むべき本です
著者の作品は、貴重な情報の宝庫です。他の本も含め、御一読されることをお勧めします。

内容については他のレビューに譲ります・・・が、他のレビューでも？？？本当にこの本を読んだの？と疑いたくなるようなレビューも散見され、いい加減なことを書く輩の多いことに非常に憤りを感じています

著者の発信する情報に接してから2年以上たちました。
それからいろいろ調べたり、考えたり・・・・うっすらながら、世の中のしくみが見えてきた・・・といったところでしょうか

始めのうちは、陰謀がもっと単純なものと考えていましたが、いろいろ調べると、そう単純ではないことに気がついてきます。
昨今では、いわゆる「陰謀論」系の著作やブログなどが非常に多く、著の情報に似た？ような？情報が、かなりあふれています。
しかし、これこそが「陰謀」を見えにくくしている元凶になっていると、言わざるを得ません

いい加減な予測や、勝手な憶測、更には創作までして「陰謀論」を量産するような現状は、「本当のこと」を発信している著者の努力を踏みにじり、くだらない陰謀論とごちゃ混ぜにしてしまい、本当のことを発信しても、だれも見向きもしない状態になりつつあると言えます

※この本を読み、初めてこの本に書いてあるような情報に触れた方へ
くだらない偽情報に振り回されないよう、細心の注意をもって情報収集をしてください
そして、良質の情報、本当の情報を選り分けられる目を養ってください
そして・・・・行動しましょう！これまで漠然と国際情勢のニュースなどを見過ごしていましたが、この本を読み終えた後にそれらを見る目が変わりました。やはり、何事もコインのように表と裏が存在していて、普段私たちが見たり聞いたりする情報はみんな表の情報です。学校で教えられている歴史も実は表だけの情報です。特に、経済や利権関係は暴力（戦争）とコネ（お金）で成り立っていることが分かりやすくこの本で書かれています。ハッキリ言って世の中狂ってます。
マハトマ・ガンジーが言った７つの社会的罪を思い出します。
1. 理念なき政治
2. 労働なき富
3. 良心なき快楽
4. 人格なき学識
5. 道徳なき商業
6. 人間性なき科学
7. 献身なき信仰世界のしくみ、世の中のしくみを知りたい方は是非一読をおすすめします。
知ってる内容もあろうかと思いますが多くの人に知ってもらえればいいですね。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/07/4862484824.html">
<title>Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)</title>
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<description>自分が最もはじめに購入したツイッター本です。津田大介（@tsuda）さんを始めて知った本でもあります。tsudaるのもこれで理解しました。ツイッターがどのように生まれ、どのように流れ、今に至るかを理...</description>
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<![CDATA[
自分が最もはじめに購入したツイッター本です。津田大介（@tsuda）さんを始めて知った本でもあります。tsudaるのもこれで理解しました。ツイッターがどのように生まれ、どのように流れ、今に至るかを理解するには調度良いとは思いますが、昨年の著書のため、この半年で起こったことを考えると、また別な書籍を読んだ方が良いかとは思います。社会論、その題が相応しい書。Twitterをやらなくても別に生きていけるが、Twitterが及ぼしている社会の影響は知っておくのも悪くない。
時間がある人は、このような本を読まなくてもTwitterをすぐにやれば済む。しかし誰でも新しい事を始めるには、時間もエネルギーを必要とするもの。Twitterにその価値があるかどうか、まずは本書に目を通して見極めるのも良いだろう。
社会論、ということで、Twittterがこれまで及ぼしてきた社会への影響や今後の展開が語られているが、個人的には、どのハードをどのように駆使するのが最も効率的なのか、といった指南も欲しかったところではある。
Twitterに興味を持ち、使い方はもちろんですが背景や位置付けを知りたく読んでみました。
この本を読んで、こんなにも世界的に影響を与えていることにビックリしました。
またGoogleとの情報の考え方の違いも言われると、成る程と思いますね。
Googleは万人が求める情報が常に上位に来ており、それが当たり前であり、適正だと思っていましたが、実際に不便も感じていました。
今の情報では無いんですよね。
下手すると、3年前だったりして困るケースがあります。
しかしTwitterであれば、情報は最新でリアルです。
もちろん絶対的な情報量は足りませんけどね。
残念なのは、著者の伝えたい言葉が私には伝わりませんでした。
巻末に、勝間さんとの対談もありますが、何を伝えたいのか解りません。
Twitterが世界的にどういう形で使われ、今に至ったかの簡易解説本ですね。
もう少し著者の考えや言葉を伝えてもらうと良かったです。ネットリテラシーの変化についていけていない人向けの本。ネット世代にとって特に目新しい話なし。
動画配信や拡張現実との融合、他の店舗・商品のソーシャル・レビューとの融合、ニューラルコンピューティング的な情報伝播の発展可能性など、もっと深い話を期待していた。
つまらんので20倍速で読んだ。ツイッター本が書店でもコーナーを作るほどの賑わいになってきました。
一過性のブームで終わるのか、それとも定着していくのか？
まずは実践より書籍で知識をという私のような昭和世代には、打ってつけのガイドになる本です。

著者の津田氏がジャーナリストの立場からツイッターを使こなしていく経緯も語られていて（第２章）、
ここが特に読み応えがありました。
結びの
”とにかく「人間」が好きな人なら、何らかの方法で絶対にツイッターを楽しめる”
というコメントが、オジサンツイッター初心者にはちょっと嬉しかったです。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/08/4062161532.html">
<title>危険不可視社会</title>
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<description>著者の畑村氏は「失敗学」を確立した人です。
今回は「危険」をテーマにして体系化を行い、
社会、あるいは企業や個人として、
危険というものとどのようにつき合っていけばいいか、
を示しています。

本書...</description>
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著者の畑村氏は「失敗学」を確立した人です。
今回は「危険」をテーマにして体系化を行い、
社会、あるいは企業や個人として、
危険というものとどのようにつき合っていけばいいか、
を示しています。

本書の考え方のベースは「危険学プロジェクト」の活動を通じて
つくられたとのこと。
２００７年４月にスタートした私的プロジェクトで、
活動はすべてボランティアで行われているということですが、
ダミー人形を使って、エレベータやエスカレータ、
機械式駐車場などにおける事故の再現事故を行ったりで、
中身の濃さを感じさせます。

本書で扱っている危険は、身近にある機械に関するものから、
人間自身が凶器になる例、危険インフラである原発、
あるいは地震や水害などの天災ありで、じつに様々。
すべての話に、著者が実際に現場を訪れたり、
関係者から直接話を聞いたり、というベースがあるので、
非常に説得力がありました。

安全さ、便利さゆえに生じる新たな危険とか、
メーカーと使用の認識のちがいが生む危険など、
事故やトラブルを回避するために知っておきたいことが
いろいろと書かれています。
読み物として楽しませてもらいましたが、
仕事で社会の中の様々な危険と向き合っている人、
危険を扱っている人には、必読の本ではないでしょうか。
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<title>思想地図〈vol.5〉特集・社会の批評(NHKブックス別巻)</title>
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<description>このシリーズもこれで5冊目。今回は正面から社会の批評に取り組んだ記事が多く刺激的な1冊だ。
北田 暁大氏のイントロダクションも私の知識ではなかなかついていけないところが多かったけど、現在の社会批評が...</description>
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このシリーズもこれで5冊目。今回は正面から社会の批評に取り組んだ記事が多く刺激的な1冊だ。
北田 暁大氏のイントロダクションも私の知識ではなかなかついていけないところが多かったけど、現在の社会批評が置かれた状況がよく分かる。
その他、の執筆陣の中では、比較的馴染みのある橋爪大三郎氏、永井均氏も良かったが、初めて読む東園子氏、瓜生吉則氏のサブカルを扱った批評も非常におもしろかった。

東京の政治学/社会学という橋本健二氏＋原武史氏・北田 暁大氏の座談会も興味深い。同じ23区とひとくくりにされる東京もこんなに格差があるなんて。驚きというよりも23区を同列で扱う意味さえも疑わしくなった。

そして何よりも、冒頭の野中広務氏を中心とした討論会が刺激的。政治かとしての野中氏をそれほど支持していたわけではないが、このような政治家がいたことは日本にとって救いだったのだろう。面白い討論会だった。

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<title>リベラリズムと正義の限界</title>
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<description> 私は三嶺書房版の方を持っていますが，絶版になっていたとは知りませんでした。リベラル−コミュニタリアン論争は，私が学んだときにも既に古いものとなっていましたが，現在になって本書が再度出版されるという...</description>
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 私は三嶺書房版の方を持っていますが，絶版になっていたとは知りませんでした。リベラル−コミュニタリアン論争は，私が学んだときにも既に古いものとなっていましたが，現在になって本書が再度出版されるということは，本書に対するニーズは根強いということなのでしょう。

 サンデルの「負荷なき自我」などの議論がロールズ正義論への批判として的を射ていたかどうかという問題は別として，サンデルの主張の中で考えさせられるのは，共同体の中の「位置ある自己」は，自己を規定する共同体の文化や営みが，単に「自分の選択したものだから価値がある」という理由で保護されるのでは満足せず，その文化や営み自体を価値あるものとして認めてもらうことを求めるのではないかということです。リベラリズムは，このような「位置ある自己」の求めに（自覚的・意図的に）応じず，公的領域に実体的な価値や道徳を持ち込むことを忌避するのであるが，そのようなリベラリズムの戦略は上手く行くのだろうかという問いかけであるように思います。

 サンデルの続書「民主主義の不満」については，一部が「公共哲学を求めて：満たされざる民主主義」（『思想』904号）として翻訳されています。サンデルの議論の評価については，井上達夫教授の「他者への自由」や渡辺幹雄教授の「ロールズ正義論とその周辺」で詳しく論じられています（後者では，サンデルはぼっこぼこにやつけられています……）。せっかく再版されましたので，これらの評価も参照しながら再読してみましょう。リベラリズムに対してのコミュニタリアンからの批判の書であり、批判を通じてコミュニタリアンの思想を逆照射的にあぶりだしている。

ロールズやノージック、ドゥウォーキンの発想の根本的問題は、彼らの議論において、個人がいかなる先行する社会的コンテクストからも切り離されているものとされている点にある。
だが、先行する社会的コンテクストから自由だといいながらも、完全にそれから自由なものとして個人を取り扱おうとしたら、何も論じられないか無意味な結論が出てくるかになってしまう。
そのため、彼らは「こっそりと」社会的コンテクスト＝常識的発想を密輸入し、議論を成立させている。
サンデルは、こうしたいかなる先行する社会的コンテクストからも切り離された「本質的に負荷なき」自我を想定するリベラリズムの論法を批判するのである。

さて、本書はほぼ全編ロールズ『正義論』への批判だと言ってもいい。
随所でロールズの『正義論』が引用され、批判的に検討されている。
だが、肝心の『正義論』の邦訳が実質的に欠如しており、新訳が出る出るといいながらちっとも出ない現状においては、その批判対象である『正義論』が読めないので、サンデルの主張もくみ取りにくい。
おまけに、最初にロールズの根底にある思想を示すためカントの思想が引かれているが、これもまた難しい。
評者はカントやロールズを読んでいなかったので、どうも雲をつかむ議論をされているような感じを受けた。
そういう意味では、読み手を選ぶ本だといえよう。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/11/4004311241.html">
<title>反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)</title>
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<description>嫁との離婚を考えているタイミングでこの本を読みました。
自分が想像していた以上の「現実」がありました。
離婚により、子供が「貧困」、更に「貧困の再生」の危機に晒される可能性を思いました。

この本を...</description>
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嫁との離婚を考えているタイミングでこの本を読みました。
自分が想像していた以上の「現実」がありました。
離婚により、子供が「貧困」、更に「貧困の再生」の危機に晒される可能性を思いました。

この本を読んで知った事
・セフティネットはない。（機能していない）
・お金や人間関係の「ため」が大事である事
・様々な社会問題に、貧困が関連している事

考えさせられた事
私自身「効率」を求める事が大事だと考えてきたが、
社会全体が効率を求めた事も貧困の原因の１つであるという事。雇用・社会保険・生活保護というセーフティーネットは今やズタズタに寸断され、まっしぐらに貧困に落ちていく「すべり台社会」が出現しつつあるにも拘らず、人々にプレッシャーとなって追い討ちをかける「自己責任論」。本書は、野宿者支援事業を中心に長らく貧困問題に携わってきた著者による「自己責任論」批判であり、具体的な活動を紹介しつつオルタナティブな社会への課題を語るものである。

具体的なエピソードの紹介を通して衝撃的な日本の貧困の現実を突きつける。のみならず、著者はそうした貧困に喘ぐ人々の苦境を「自己責任」で片付ける議論を打破するために、日本社会が抱える構造的な問題を丁寧に析出していく。他の多くの評者がレビューしている通りなので多くを紹介する必要はもはやないだろうが、最も印象的だったのは、「がんばるためには条件（溜め）が要る」という指摘だ。親の経済力という「溜め」（＝余裕）なくして学歴は身につかず、結果不安定な非正規雇用に就かざるを得なくなる。失業しても、最低限の金銭的「溜め」がなければ仕事を選んでいる暇はない。給料日までの1ヶ月を遣り繰りできる金銭的「溜め」がなければ月給の仕事か日払いの仕事かという選択肢すら失ってしまう。貧困は家族や友人といった人間関係という「溜め」をも損ない、そのことが再び精神的拠り所や頼れる相手の喪失という形で貧困に拍車を掛け、絶望感を助長し、生きる気力を削いでいく。著者が見聞きしてきた具体的エピソードを通して見えてくるものは、貧困は自身の主体的選択の結果だとする「自己責任論」ではどうにもならない、「這い上がろうにもそれを支える社会の仕組みがない」構造的な問題である。政治と社会が「溜め」を作ることを手助けしていく必要性を痛感させてくれる。公設派遣村への逆風が激しく吹き荒れたように、自己責任論はまだまだ根強く存在する。本書が広く読まれることを願ってやまない。
本書の著者湯浅誠は、昨年暮れに政府の要請をうけ「緊急雇用
対策本部貧困・困窮者支援チーム事務局長」（長い名称だ）に就
任して話題を呼んだ。しかし彼の「反貧困」の活動は実はこれに
限らず、もっとずっと前から、だれの注目も集まっていないときから
始まっていたのだろう。本書は、貧困問題が本格化（それ以前に
それが“存在しなかった”という意味ではない）する以前に書かれ
た、そんな彼の草の根の運動のひとつに数えられるのかもしれな
い。

本書はわかりやすく二部構成にされていて、第一部ではまさにコ
ケればノンストップで底まで落ちていってしまう、政府が今までひ
た隠ししつづけてきた（と表現せざるを得ない）日本の貧困の現状
が語られる。続く第二部は、現場でそれを見続けてきた彼自身が
説く、タイトルどおりまさに「反貧困」の方策だ。

今まで自国の貧困問題に真っ正面から向きあってこなかった政府
が作った貧困の資料が、逆に国民生活の「底下げ」に使われてい
たという「愉快な」実情や、生活保護給付の現場で職員たちによる
「エキサイティングな」水際作戦など、知られざる実体があふれてい
るが、本書がいちばん指弾するのは、もっと見えない「心の部分」だ。

自己責任論はいくら否定されたといっても、実はまだみなの心の底
には「俺も頑張ったんだからおまえも頑張れよ」という気持ちは深く
根付いているのだ。著者はその論理を、「溜め」という概念をもって否
定する。これについて、ジョッグ・ヤングが『排除社会』の中で似たよ
うなことを言っている。この社会は能力主義なんかではぜんぜんない。
だってもともとの「スタートライン」がまったくちがうのだもの、と。

これを読み終えてみると、「年越し派遣村」のときにテレビに映ってい
たいつもどおりの彼の仏頂面は、いつにもまして歯がゆいという感情
を秘めていたのかもしれないと、思えてくる。というのも、「村」は貧困
に陥っている人の仮の宿でしかないのだ。本当に必要なのは彼がこ
の本で書いているとおり、そもそも貧困状態の起きることのない「強い
社会」なのだから。

 図書館で借りて読みました。そして、著者の熱い訴えに感動しました。気に入った本は、いつもなら、中古の本で買いなおすのですが、この本だけは、著者への応援になればと思い、新品を買いました。正義感あふれる本。文章も論理的で読みやすい。グローバル化や途上国の絶対貧困との関連に触れていないので、「貧困」の全てがこれでわかるというわけではないが、それはまた別の人の任だろう。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/12/4166601105.html">
<title>「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)</title>
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<description>「社会調査はごみがいっぱい」
「さまざまなバイアス（偏向）」
というあたりを読んで、ではどうすればいいかについては、
相関関係と因果関係の違いを知っていることが大事だということと、
時間が重要な鍵を...</description>
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「社会調査はごみがいっぱい」
「さまざまなバイアス（偏向）」
というあたりを読んで、ではどうすればいいかについては、
相関関係と因果関係の違いを知っていることが大事だということと、
時間が重要な鍵を握ることも分かった。

「実践フィールドワーク入門」という本では、
この「「社会調査」のウソ」という本自体を、社会調査の報告例として参照しているところが面白い。
社会調査のウソが、嘘の可能性もある。あくまで、仮説であって、検証は自己責任。
社会調査のなかから統計について解説した本。数式はでてこない。
ネット上にあるような知識があれば物足りない。
私はほとんど知ってることしか書かれていなかったのでつまらなかった。ただ、面接調査におけインタビュアー効果については気づいてなかったので「なるほどな」と思いました。本書で著者は」政府やテレビ、新聞などが発表する、もっともらしい「社会調査」の
過半数が、実は全く価値のないゴミであると説く。

「社会調査」のほとんどは発表者に都合のよい結果が出るように巧妙に作られていたり、
または解釈されたりすることが多い。このようなことは、普段からぼんやりと感じている
ことだが、本書ではこれら「社会調査」のウソのパターンをはっきりと示してくれる。

著者は「社会調査」の多くはゴミだというが、それどころではない。日本をおかしな方向
へ導くかもしれない猛毒であると思う。私達は猛毒にやられてしまわないように、本書
などでリサーチ・リテラシーを身につけるべきだ。おすすめです。タイトルを見て期待するのは新聞や雑誌に掲載される「統計」に潜むトリックを暴く内容だろう。もちろん、そういった内容にもちゃんと触れられてはいるのだが、読んでいくと例えば、新聞記事の見出しの「過半数という多くの人間が反対」「反対派は僅か過半数にとどまる」といった単なるレトリックによる印象操作への批判とか、「○割の女性がセクハラを受けている」という調査の「セクハラ」の項目の中に「いやらしい目つきで体を見られた」というだけのものが含まれているとか、数字のトリック以前のものが目立った（フェミニストにとって「いやらしい目つきで体を見られた」こと自体が立派なセクハラなのは常識で、これは統計のウソなどではなく女性学という学問の問題である）。
マスコミのレベルがあまりにも低すぎると言うことだろうが、それにしても……という読後感が残った。 内容をきちんと理解するには、結構苦労する。私、数字アレルギーなもので。しかし作者は悪を厳しく正すが、意地悪ではないのだ。丁寧に読めばきちんとメディアリテラシーを持つことに近づけると思う。
 私はいままでメディアリテラシーに対しては十分とは行かなくても、かなり自信があるほうであった。しかし、その自信は序章から脆くも挫かれた。そして「なるほど、『強制的選択』か」と納得するのだ。それまで、自称市民団体や朝日新聞、毎日新聞、産経新聞といった大新聞社の世論調査、アンケート調査から感じる違和感を論理的に説明することができなかったが、今からならできるという自信がある。
 私たちは、調査は数が多ければ多いだけ正当性があると思っていないだろうか、大マスコミや官僚機構、そして学者が発表しているから間違いないと思ってはいないだろうか。残念なことにそれらはすべて誤った認識である。本の冒頭の方にもあるが、この本の論点は５つである。
1.世の中のいわゆる「社会調査」は過半数がゴミである。
2.始末が悪いことに、ゴミは（引用されたり参考にされたりして）新たなゴミを産み、さらなる増殖を続ける。
3.ゴミが作られる理由はいろいろあり、調査のすべてのプロセスにわたる。
4.ゴミを作らないための正しい方法論を学ぶ。
5.ゴミを見分ける方法（リサーチ・リテラシー）を学ぶ。

上記の５つ以外に「日本の大学の難点」まで一部知ることができるお得さもある。
 日本のクリーンな政治はもしかすると、正しい統計から始まるのではないだろうか？そんな気持ちになる１冊であった。数字は、それだけでもっともらしいイメージをかもし出す。「働く女性の6割、職場で性的被害」「自衛隊『必要』84％」「ヤクルトが優勝すると経済成長率低迷？過去4回の平均2％」…。へー、そうなの？しかし、なんだかなあ。 「社会調査の過半数はゴミだ」と、社会調査論を専門とする著者は言いきる。誰が、何のために、ゴミを作るのか。その手口を見抜き、ゴミを減らすにはどうしたらいいのか。この本は、豊富な例をさまざまな角度から検証することによって、社会調査を解読する能力（リサーチ・リテラシー）を基礎から鍛えてくれる。解説されるリサーチ上の過ちは20種以上。読み終えたあなたは、もはや素直ないい人ではなくなっているだろう。新聞を開くたびにツッコミを山ほど入れずにはいられない体質になるのだ。 でたらめな社会調査をまき散らす学者、政府・官公庁、社会運動グループ、マスコミをグサグサとやっつける少々過激な記述も笑えて痛快だ。その実これは志の高い、社会科学の入門書、正しい啓蒙書だ。批判にとどまらず具体的な提案もある。社会調査という穴をコツコツ掘っていたら、この国の抱えるシステムの問題があらわになってしまったのである。 それにしても、なぜこんなことを見過ごしていたのだろう。私を含めて「方法」というものに無自覚で無知な大人たちが構成している社会って何？と、目まいを覚える。（津山 吟）
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/13/404710227X.html">
<title>フリーメイソン  ‐‐「秘密」を抱えた謎の結社 (角川oneテーマ21)</title>
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<description>わかりやすいフリーメーソンの解説書です。
文庫クセジュから出ている解説書では、読みにくいと思う人はこっちの本が読みやすいです。
フリーメーソンの歴史から、その背景、ヨハネ、ロゴスなどの解説からはじま...</description>
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<![CDATA[
わかりやすいフリーメーソンの解説書です。
文庫クセジュから出ている解説書では、読みにくいと思う人はこっちの本が読みやすいです。
フリーメーソンの歴史から、その背景、ヨハネ、ロゴスなどの解説からはじまって
各国での活動、アメリカの成立の中で果たす役割など興味深い内容になっています。


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</item>
<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/14/4167717735.html">
<title>街場の現代思想 (文春文庫)</title>
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<description>この人の本を読むのも何冊目になるかな。どれも非常に平易で明快な文章。この本でも書いてあったかけど、大学の入試問題に採用されるのが多いと言うのも肯ける。
基本的にはこの人の言ってることは、納得できるし...</description>
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この人の本を読むのも何冊目になるかな。どれも非常に平易で明快な文章。この本でも書いてあったかけど、大学の入試問題に採用されるのが多いと言うのも肯ける。
基本的にはこの人の言ってることは、納得できるし、そのとおりだなって思うことが多い。でも、その文章力、論理的な組み立てによって誤魔化されているような気もする。こういう文章を書く人には気を付けなきゃね。
特に、文化資本主義の話とか勝ち組、負け組の話は、そのとおりだと思うな。でも、だからこそ、その結論はもう少し保留して自分で考えたい。本当に彼の文化資本の戦略によって日本の社会の階層化は防げるのか、「勝ち負け」という区分は実定的基礎付けがない幻想なのかを。モーリス・ブランショが作家について述べた言葉。 

「作家はその作品を通じて、自分を発見し、自分を実現する。 
作品以前において、作家は自分が誰であるかを知らないし、 
現に何ものでもない。 
作家は作品を始点にして存在し始める」 

この中の「作家」を「人間」に、 
「作品」を「労働」に置き換えてみてください、と 
著者は言う。 

俯瞰すること。 
物事を見通す術の一片を見た気がする。この人の書くものを読んでいつも感じるのは、なににつけてものバランスのよさです。本書も筆者に寄せられた悩みや戯言に丁寧に、しかし時に大きく振りかぶって一刀両断に答えていくのですが、題名にあるような現代思想を例に引くことも多い割には自然に、たいへん示唆に富んだ箴言を連発します。肩肘を張らず、思考のトレーニングを行うことができる一冊です。 裁判員制度が始まった。自分が裁判員に選ばれたらどうするか、凶悪な犯罪者に対し極刑の判決を下すことができるのか、等々、議論ともつかない議論が中途半端にマスコミをにぎわしているが、いずれも裁く側にとっての裁判員制度の是非であり、裁かれる側にとってのそれが議論されているのを見たことがない。
 なるほど裁判員制度の導入によって刑が軽くなるケースもあるであろう。しかしそうはならないケースも当然考えられるし考えなければならないはずである。裁判官にではなく一般市民によって死刑を宣告される犯罪者の気持ちはいかなるものであろうか。
 例えばわれわれはある特定の人物から社会的に評価されることが多い。学生は教師から、サラリーマンは上司から。低い評価を不当と感じることもあるだろうし「何も分かっちゃいねえ」と毒づくこともあるであろう。
 しかしそう毒づくことができるのは「ほかのみんなは分かってくれている」という信憑があるからである。その信憑が裏切られたときはどうなるだろうか。全ての同級生が、全ての同僚が、自分に対し低い評価しか下していないことが明らかになったら。
 誤差を含む主観的評価だからこそ救われているという現実がある。本書の「完全能力主義社会というのは完全な地獄だ」という内田の言葉を読んだとき、わが意を得たりの思いがした。
 もう一つ興味深い論点として文化資本主義という考え方が提示されている。「気がついたら身についていた」教養を持つ「血統による文化貴族」に、「気がついたら身についていなかった」教養を持たない「学歴による文化貴族」は決して追いつくことができないという格差社会論は、環境決定論をほぼ肯定しているように見える。このような考え方は嫌いだし正しいとも思わないが、内田に説かれると正しいような気にさせられてしまう。雄弁家の功罪ともいえよう。世の中には、何となくおかしいと思うが、筋道を立てて
反論しにくい、というたぐいの正論がある。
例えば「人事評価制度を公明正大にせよ」とか
「がんばって教養を身につけるべき」とか。
まあ、反論出来ないのは自分の論理力の問題なのだが・・

内田樹はそういうこと（対象領域は何でも）に対して、
少し次元を変えた論を起こし、一般的でない結論を提示
しようとする。
その中のいくつかは、「何となく思っていたけれども、自分では
うまく言語化出来なかったこと」という読者のモヤモヤとシンクロする。
そのスッキリ感が、内田樹の本（またはブログ。どちらでも同じだが）
をむさぼり読んでしまう理由だと思われる。

読後は「俺は元々そう思っていたんだよ。内田樹もたまたま同じ
ことを言っているように」と勘違いが残る。
愉悦である。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/15/4106101114.html">
<title>ジャンケン文明論 (新潮新書)</title>
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<description>絶対的な勝ち手はない、一人では出来ない、道具がいらない・・・子供の頃から慣れ親しんだジャンケンは、僕たち日本人、中国人、韓国（朝鮮）人の哲学や生き方を体現しているという。２つの異なるものを対立するも...</description>
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絶対的な勝ち手はない、一人では出来ない、道具がいらない・・・子供の頃から慣れ親しんだジャンケンは、僕たち日本人、中国人、韓国（朝鮮）人の哲学や生き方を体現しているという。２つの異なるものを対立するものとしてとらえるのではなく、「Ａであり、また、Ｂでもある」として捉えるアジアの思想。誰もが勝者となり得て、決定的な敗者を生まない社会。こうしたアジアの思想が、「裏か表か」というコイントスに象徴される西洋文明との対比で語られており興味深い。対立でなく共生、抗争でなく循環、排斥でなく融和。米国主導の現代の国際政治では「力の論理」が秩序維持の最良の政策であることが強調されますが、ジャンケンの論理のようにもっとしなやかな共生の論理こそが必要とされていると感じます。文明論として、また、ジャンケンを巡る雑学としても非常に楽しめる一冊。じゃんけんを陰陽学説や五行論で読み解くところに中国医学を勉強している私はまず興味を覚えました。陰陽というと二項対立のように考えがちですが、陰陽互根と言われ、不可分の関係にあり、互いに扶助し依存しあっています。138ページの図版5に表されています。五行論も相剋の関係だけではなく相生の関係もあります（142ページ、図版7）。じゃんけんの勝ち負けだけでなく、東アジアの三国（韓中日）をじゃんけんで読み解こうとしてますから、相剋だけでない相生の理解は大切です。中国をパー、日本をグウ、韓（朝鮮半島と呼ばず韓半島と呼ぶのは筆者のこだわりがあるのでしょうか）をチョキにあてはめているのは面白かったです。本書を貫いているのは、相手がいなければ絶対にジャンケンはできないし、また一人勝ち・一人負けは許されないという想いです。 李御寧が新しい文明論を出した。ジャンケン・コードをモデルに、東アジアの共存のためのヴィジョンを提示しようという野心作である。はじめ西洋的思考に慣らされた私たちは、グー、チョキ、パーに三元論をあてはめた三すくみのモデルだろうと想像するかもしれない。しかし、李氏が招いてくれるシンプルかつ豊かな知的興奮に満ちた世界は、力の拮抗や三すくみというバランス・オブ・パワーの発想では到底とらえきれない、古く新しい、文化・文明が生気をもって関係する世界だ。それは、衝突の文明論（ハンチントン）、終焉の文明論（フクヤマ）に対する、循環の文明論である。 子供時代、物心ついたときにはすでにジャンケンをしていた自分、ワクワクとしたおそれを感じながら、この世界に参加せんとしていた記憶を呼び覚まそう。道に立つお地蔵さまの手からミケランジェロの「最後の審判」のアダムの指まで。李氏の視線は、人と人の心を結ぶコミュニケーションのメディアとしての手を発見していく。文明論に関心のある人はもちろん、日韓中、アジアと現代世界の将来を憂える人、記号学、ジャンケンのような遊びの文化から教育、デザインに関心がある人まで、幅広い読者におすすめだ。氏のアイデアの奔流を楽しみ、よし、ひとつ自分も新しいアイデアでやってみようとの励ましを与えられる。これは、参加の文明論である。 １）デカルト以来、二項対立を基盤に発展してきた西洋近代文明。そのの行き詰まりをどのように打破していくのか？ 東アジア3国には、2000年以上も共有してきた伝統的な資産がある。それらをもとに、いまこそ世界に新しい東アジア文明の存在を発信すべきではないか、というアジアにとどまらずグローバルな見地からの提言である。 ２）今まさに、日中、日韓の間では、政治・経済題でギクシャクしているけど、そうした次元を凌駕した「共生」の文明論だと思う。新書だけど、著者の熱い思いが詰まった｢名著」だ。 
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<title>世界がもし100人の村だったら</title>
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<description>ただ数字と言葉を並べただけ感動する意味が分からないこんな本買うぐらいなら募金した方がよっぽど有意義 世界を神の視点で眺めて、こんな感じで見えるかもと思う一冊です。

 誰かの書いた一通のメールが、多...</description>
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<![CDATA[
ただ数字と言葉を並べただけ感動する意味が分からないこんな本買うぐらいなら募金した方がよっぽど有意義 世界を神の視点で眺めて、こんな感じで見えるかもと思う一冊です。

 誰かの書いた一通のメールが、多くの人の目に留まり、変化し、こんなにも世界を駆け巡るものかと思いました。

 インターネットで世界が変わるとしたら、こんな些細な一通のメールによるものかもしれないと思う一冊です。
インターネットを使って複数の人が作り上げた
グローバル時代の民話である

以下はその抜粋

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  世界には６３億人の人がいますが、
  もしそれを１００人の村に縮めると
  どうるでしょう。
  １００人のうち
  ５２人が女性です ４８人が男性です
  ３０人が子どもで ７０人が大人です
  そのうち７人がお年寄りです

  ２０人は栄養がじゅうぶんではなく
  １人は死にそうなほどです
  でも１５人は太りすぎです

  すべてのエネルギーのうち
  ２０人が８０％を使い
  ８０人が２０％を分け合っています
------------------------------------------

数字がある
世界が見える
心を感じる

誰かと共有したい
そんな気持ちになる世界人口63億人。アジア・アフリカを中心に今後も伸び続けるだろう。
私たちはそんな中の一人にすぎない。しかし、世界があまりに大きくて、
また毎日の生活に追われて、そんなことにも気づきにくくなっている毎日…。

そんな世界を凝縮して100人の村にたとえて、事実を淡々と語ってくれる
ことによって、身近なこととして「引きつけて」感じることができる。

世界は実に広い。世界には多くの人がいて、独自の文化を歩み、様々な
生活を送っている。そんなことは知っている（つもりだ）……
けれど、本当に知っているのだろうか。世界を歩いたこともない人が、
世界を客観的に見ているのだろうか。

世界から見れば、日本なんてほんの小さな一国でしかない。
日本人としてのアイデンティティをもち、バイアスのかかった
色眼鏡で見るのではなく、世界を客観的に訥々とみてみませんか？

「世界は広い」とか、「世界には色々な人がいる」…
このような発言は、確かにその通りなのだが、やはり、世界のことについて
勉強した人が言うべき言葉である。この本を読んでそう思った。

事実を淡々と挙げていく文調がよけいに、余計に心に響く本だった。この本では、世界の統計数値が世界人口を100人換算した場合の人数
という分かりやすい形で提示される。
内容の大部分で示すのはそれらの統計数字。
それに加えて、最後の数ページで
自分の人生を愛そう、世界のことを考えようというメッセージが述べられる。

数字の解釈というものは人それぞれ。
それに人間の幸福というものの解釈は人それぞれで、
他の多くの方のレビューで述べられているような
物質的に豊かだから幸福とは限らない、という意見には僕も賛成。
ただ、世界には暴力を以て虐げられている人達は確かにいて、
その人たちの状態を改善出来る可能性は、
他者に目を向ける余裕のある相対的に豊かな国の人達の方が高いと思う。

本書は、人間の多様性、人類全体の概観を分かりやすく提供してくれる良書。
ただ、「分かりやすい」数字というのは曲者で、
無視された部分、厳密でない部分、恣意的な部分が多々有りはすることに注意。

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<title>14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に</title>
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<description>これはもはや成人してしまった人や社会的に潰れ、諦観してしまった人に対しては強烈な厭味となり怒りと悔悟の念を抱きかねない内容と取られる、かもしれない。
１４歳という若く（否が応にも）将来があり、柔らか...</description>
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これはもはや成人してしまった人や社会的に潰れ、諦観してしまった人に対しては強烈な厭味となり怒りと悔悟の念を抱きかねない内容と取られる、かもしれない。
１４歳という若く（否が応にも）将来があり、柔らかい発想が出来るうちに蒔かれうる思想の種として書かれたもので有るとすれば有用ではないかと思う。
そういった蒔かれた若者の中から端的にエリートが生まれ全く新しい社会を形成することが有るかもしれない、そういう未知数の社会に住む現代人にとっての指標となりうるかもしれない。

 良い意味でも悪い意味でも独自視点な記載です。

 偏った思想であるなどの批評は多いと思いますが非常に読みやすく書かれており１４歳でも頑張れば読破できるような気がします。ただ、内容的には大人をかなり意識したものとなっており子どもから大人まで万人向けの書籍であると感じました。

 独自視点ということで賛成意見、反対意見いろいろあるとは思いますが特に反対意見を持つような方は自分とは違った考えに触れる大変良い機会だと思いますので既成概念を打ち破るという意味で非常に良書であると思います。自慢話が多く辟易しました。
こんなに自分のことばかり書いた社会学の本は珍しいです。
どこが「14歳からの・・」なのか理解不能です。素晴らしく内容も充実した本だが
これを１４歳で読んで理解したのなら、その少年は子供らしくない（笑）大人が読むべき本では？？著名な社会学者の著者が、自分の娘が14歳になったら何を話して聞かせるかという視点で書いた、社会学のエントリー本である。
それゆえ、文章は平易で、14歳でも理解できるかというと疑問だが、読みやすい。

目次を見てもわかるように、社会学における大きな論点は大体書いてるのだろうが、ただ、まとまってはいないので全体像を体系的に理解したかった自分にとっては甚だ不十分だった。

著者の思想は、おそらくクセがあるのだろう。
全編通して論理的に組み上げられいたので、納得でいる部分は多かったのだが、自分の実体験に基づいた主張がおおく、すんなり腹に落ちる部分とそうではない部分がはっきりと分かれた。


本書に書いていないことがある。
社会学という学問が、この世界にどんな形でコミットしていくのか、どう役立っていくのか、という事についてだ。

なぜ社会学が存在する必要があるのか、それは本書ではわからなかった。
この社会を解釈するという点に関して、社会学は完全な真理を我々に与えてはくれない。
ファクトを積み上げるという学問体系ではないからだ。

その中で、その制約化で、社会学がどのように価値を提供していくのか。
著者の考えが、聞きたかった。
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<title>生き方の不平等――お互いさまの社会に向けて (岩波新書)</title>
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<title>不幸な国の幸福論 (集英社新書 522C)</title>
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<description>精神病、犯罪心理などに大変詳しい80歳の大先輩からの超現実的な幸福論です。
加賀さんは58歳でカトリックの洗礼を受けています。
なのでいろんな角度からのちょっとした宗教論などもあり面白く読めました。...</description>
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精神病、犯罪心理などに大変詳しい80歳の大先輩からの超現実的な幸福論です。
加賀さんは58歳でカトリックの洗礼を受けています。
なのでいろんな角度からのちょっとした宗教論などもあり面白く読めました。
戦時中のお話、老後論もあります。
前半はデータで現在の日本は世界の中でこんなんだ。
（日本はOECD加盟国の中で下位ばかりで悲しくなりました）
真ん中は不幸な日本で幸福に生きていくにはどうすれば良いか。
後半は小説のように感じました。
宇宙のような人間の細胞、信濃追分のきれいな空、
それぞれの映像が頭の中で浮かんできました。

心に残ったところ
・平均寿命が34歳（2002年）と世界一短いシエラレオネ
・統合失調症はどの国でも百人に一人ぐらいの割合で発症する精神疾患
・連帯保証人という日本独特の保障制度
・幸福を定義してはいけない
・ハンセン病の新規患者がインドでは今も年に十数万人単位で増えている
・人生に期待するのをやめて、人生から自分が何を期待されているかを考えよう
・「場」を増やして心の免疫力をアップ
・成功の反意語は「チャレンジしないこと」
・好きなことがなかなか見つからないという人は、好きなことと得意なことを混同し、
それがどう評価されるかにこだわりすぎているのかもしれません

久しぶりにスラスラ読めない、読み応えたっぷりの本でした。

戦後日本人は著しい経済成長をしてきたにもかかわらず、人々の幸福感は一向に向上するどころか全く変わらないという。

本書の前半では、評価の物差しを他者に求める日本人の特徴を分析しながら、経済成長第一主義で来たこの国が今、コンクリートと見劣りするセーフティネットと借金と膨大な数の老人を若者に背負わせていると指摘する。

本書の後半では、幸せという概念は心の持ち方であるということを多くの実例から示し、老いや死さえも肯定的に受け入れる著者の考えが示される。

改めて、ＧＤＰ至上主義にとらわれてはいけない。われわれが幸せになるために、何をしなければいけないのか、考えさせられた。

８１歳とは思えない文章力と、８１歳だからこそ言える説得力のある文章に引き込まれてしまった。日本の現状を多角的に示しているすばらしい本だと思います。
小説家であり、精神科医であり、人生経験豊富な著者ならではの切り口で、多くのデータをふまえての説明には高い納得感がある。
今の日本人を、そしてこれから日本人の幸福を考えるきっかけとして、多くの人に読んで欲しい。他者との比較で自分の価値をはじき出し，上か下かで判断する日本人．他者の目を気にし，他人たちが決めた理想の幸福像に取り付かれる．「ほら，他人が見てるでしょ！！」とわが子を叱る親に象徴される日本人の習性．この習性から抜け出して，自分の価値，幸せを自分で考えることが肝心である．そして，そうした子育ても必要だと説く．子どもの秘密を暴くことなく，見守り，個を確立させるように育てることの重要性を指摘している．

戦中は言うに及ばず，戦後はアメリカに追いつけとばかりに経済的豊かさを追い求め，今も皆が一流大学，一流会社を求めている．他人が決めた幸せ路線からの脱落を恐れる．これでは勝ち組しか幸せになれない．そうした社会は，格差を生み，結果的に不幸が蔓延する．

GDPはトップクラスだが，社会保障給付費のGDP比は17.7％で，OECD諸国（29カ国）の下から7番目．家族子供向け手当てなどの公的支出のGDP比は０．７％で，OECD高所得国（24カ国）の下から２番目．総医療費の対GDP比は約８％で，OECD加盟30カ国の下から9番目．極めつけは，社会保障還元率で，日本は約40％と先進国最低水準であり，スウェーデンの75％に遠く及ばない．このような政策に怒らない国民性．身近な自分の幸せのみを考える利己的な国民．この性向を打破し，国民が幸せになるためには，国民が自分の意見を言い，自ら社会を変革していく「市民」になる必要があると説く．

後半は，幸せになるための個人的な処方箋が書いてある．幸福を定義してはいけない．自分には何ができ，何をしてあげられるか，何をするかを考える．「人間万事塞翁が馬」「禍福は糾える縄の如し」「足るを知るは富む」などの故事を引き，諦め力を説く．諦めとは仏教用語で，「真理を悟る」「道理を明らかにする」という意味だそうだ．

未来を見据えてビジョンを描く件では，ふたたびスウェーデンの事例が引き合いに出される．高福祉高負担の国は，環境，福祉，経済で成功している．人間と自然を大事にしなければ，持続的な経済発展，社会発展はありえな．福祉と経済は両輪なのだ．北イタリアから始まったスローライフ，スローフード，バングラディッシュのグラミン銀行にも言及し，これからの生き方を提示する．

フィナーレは，高齢者に向けた老い方と死への準備を諭す．ガリバー旅行記に登場する，不死人間が住むグラナグ国，木の葉や花びらが散る様子を示すギリシア語に由来するアポトーシス（細胞の自壊）に言及する．死が生の一部をなすことは，宇宙の誕生から私たちまで，綿々とつながっていることから説いている．たとえばヒトを構成する元素は，酸素，窒素，炭素，水素で96％になるという事実．このうち，窒素と炭素と水素は36億年以上も前にできたもので（酸素は地球でできた），そしてヒトは38億年地球上の生物競争を生き抜いてきたということを教える．そしてそれは子孫に綿々と続くということを思うと，死は怖くなくなる．

本書は80歳を超える著者の豊富な経験と広範な読書に基づく深い思索が詳細に開示された名著だと思う．日本人は，豊かさから真の豊かさを模索し，そして幸福論へとたどり着き，皆の関心は幸福に移っている．この国が幸せで満たされるために，この本をできるだけ多くの人に読んでほしい．年間3万人を超える自殺者。
どうして日本はこんな不幸な国になってしまったのだろうか？

著者は、経済的なセーフティネットの不足と日本人の国民性によるものと
分析している

日本人は、他人の評価を気にする気持ちが強く、自ら考えないが習慣化して
いるのが問題と指摘している

他人の評価ではなく、また、職場や学校と言うひとつの「場」だけに身を置くの
ではなく複数の「場」を持つことの大切さを言っています。
同時に時間的に長い目で見ることも言っています。

雰囲気に流され、居場所がなくなると失望してしまう、気弱な日本人の姿が思い
浮かびます
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/20/4061498371.html">
<title>若者殺しの時代 (講談社現代新書)</title>
<link>http://c-book-046.book-fun.com/detail/20/4061498371.html</link>
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<description> 「一杯のかけそば」騒ぎ、クリスマス・バレンタインデーの普及、トレンディードラマの流行といった社会現象から、若者に金を使わせるシステムが形成されていったかを語った本。おもしろいです。
 
 ＴＤＬの...</description>
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<![CDATA[
 「一杯のかけそば」騒ぎ、クリスマス・バレンタインデーの普及、トレンディードラマの流行といった社会現象から、若者に金を使わせるシステムが形成されていったかを語った本。おもしろいです。
 
 ＴＤＬの大晦日のカウントダウンがいつごろからブームとなったのか？、バレンタインデーの告白チョコと義理チョコの誕生時期はいつごろか？、トレンディードラマの中で一番最初に携帯電話を使ったのは誰か？、漫画研究会が周りの学生からどう見られていたか、朝の連ドラの視聴率の変遷などの切り口から、若者がどのように消費社会に取り込まれていったかについて語られています。

 それにしても、こんなことをよく調べたなあと感心します（センスと手間の点で）。一番受けたのは「トレンディードラマ」の調査ですね。とある芸能人が輝いていた時期もあったのだなと、気付かせてくれます（笑）。

 全体としては、何となく妖しげな感じを醸し出している内容なのですが、そこも著者の狙いなんでしょう。まじめに語っちゃいけねーよって感じなんですな。最終章でしゃべり言葉で書いているのは、そういうことなのかなと思いますね。エピソードの例えに、世界史の出来事をパロディー風に挙げているのなんかも笑えます。さすが、「ずんずん調査隊」ですな（笑）。
 とはいえ、下手な○○評論家たちよりも、説得力があるのは皮肉な話です。

 読むうちに、ボードリヤールのある著作を思い出しました。まじめに今の社会を考えようと思ったら、「消費社会の神話と構造」を読んでみるのがよいかなと。そう思うと、今レビューを書いている自分はいったい何？、なんて思ってしまうわけです。

 
  団塊の世代前後の過ごす時代に応じて、バレンタインやクリスマス、ディズニーランドといったイベントやスポットが、「スーツ姿のオトナによって」ビジネスとされたという内容の分析である。
分析対象を雑誌の記事に絞って調査するという方法は面白い（学部論文レベルではないかという批判はあると思う）。
チョコレートはお菓子の種類の一つ、クリスマスは家族で過ごすもの、電話は１家庭の複数人数で共有するものという７０〜８０年代の意識が、切売りされたことにより、若者のものとなった。
そのために、若者は搾取される対象となり、じわじわと殺されるというのが主張である。

８０年代に生まれた者として、内容は同意できる。
そして、筆者は最後に「逃げろ」と書いてあるが、私の認識は異なる。
違う考え方を持ち、仲間を増やすことが殺されない方法だと考える。
ただし、社会システムが６０〜９０年周期で変わるというのであれば、ドラスティックな変革に対して予想はつかないだろう。
そういう意味では、逃げるしかないのかと思う。なかなか的を得ています。残念なのは「逃げろ」で終わり、作者自身の「逃げ方」まで主張していないところ。合わせて「デジタルネイティブが世界を変える」ドン タプスコット著 栗原潔訳 などを読むと、同じ事象を別の視点でとらえており、48歳の自分を含め今の大人たちがどう判断し、若者と対峙するのか、考える材料になると思います。うまく逃げてくれ。 で終わっているこの本。
この本をちゃんと読んだ人には何から逃げるかはわかるはず。

何から逃げるのか。
それは、今の世の中のシステムであって、この本に出てきたキーワード「ドラマ」「テレビ」「ディズニーランド」「ラブホテル」「クリスマス」「携帯電話」と考えるとわかりやすい。

クルマ、エステ、転職、オリンピック、セミナー、ゴルフ、エコポイント、トイプードル、医療保険、エクステなんていうのも全部同じ。

この本を読んでいて、戦後の日本って馬鹿だったんだなーと思った人はそれを今の自分に言い聞かせればいいだけの話です。

これから来たる「システムの転換」に備えるには、今のうちに吸い取られないようにしておけばいいだけ。つまり、「逃げる」というのは、実は「精神的に距離を置いておくこと」なのでは。

・・・とか書いている時点で頭を使ってることになるのかも？

そういえば大学生に「単位来た」って表現聞いたことある？って聞いたら「単位は取る、だよ」と言われたんですけど、「単位来るは早稲田限定用語？なんでしょうか。
テレビ・ラジオでも良く見かける堀井氏が昭和の終わり、つまりバブル期から現在を「若者」をキーワードに振り返る本。

「一杯のかけそば」の世代別の感想から話は始まりますが、バブル期中心に面白いデータが結構出てくる。

主な事柄は

・バレンタインデーのはじまりは77年

・「正月よりクリスマスが大事」になったのが83年

・87年にディズニーランドが若者の聖地となる

・手書きからワープロの普及でミステリー小説の重さは85年356gだったのに98年は602gとなる

結局、大人が収奪対象としての「若者」を作り雑誌を広告としていろんな物を売りつけはじめたのが80年代だと書いている。
そして現在は対象が「若者」から「子供」にも波及している。
自己啓発本やカルチャークラブ、コミュニケーションにいたるまで全てを消費物として売られ始めたのがあのころからだった。
「消費するということは人間を孤独にするだけだ」と書いたのは福田恒存だそうだが、著者は落語などにも造詣が深いからか、若者に「伝統文化に逃げろ」と言う。まあつまり消費文明以外の感覚や感性を持てということだろう。大げさに言えば人間性の回復だろうか・・商品を自分のアイデンティティとして消費しいずれは自分がモノになっていく、援助交際なんかもこれにつながってくると思うが・・

麻薬問題など目に見える問題などはわかりやすいが、人間の存在自体が消費物となってしまうことは、本来人間がある社会に生まれながら持つことが出来た物や事柄にまで持つ者と持たざる者を生む。そこでの「酒・タバコ」と「麻薬」にあたる境界線は非常にわかりにくい。

本来、子供などはこのような事柄から守るべき対象になるのだが、大人が自分で自分が何をしてるのかわからなければそれは無理だ。

ただ「伝統文化」その物も昔は時の権力と結びついて生きながらえた訳だし、我々全ての「伝統」って訳じゃない。
テレビをはじめ、あっという間に消費対象となってしまう可能性もある。

つまり八方塞がりなわけだが、最近の若者が消費をしなくなったのはそんなに悪いことじゃない。

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