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<title>全部わかった!国際銀行家たちの地球支配/管理のしくみ (5次元文庫 あ 3-2)</title>
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著者は銀行をこの世の支配者であると考えています。国も企業もそのしもべにすぎないとのことです。確かに、銀行の国に対する影響力は大きいです。 しかし、国も銀行に対する大きな影響力を持っています。 その影響力は一方的なものでなく、双方向的なものです。 著者にはこの視点が欠けていると感じました。現に、国の保護なしに現存しえかったであろう銀行が日本にも数多く存在します。それどころか倒産したものさえあります。「世界の支配者」にしてはあまりにか弱くありませんか。 

また、作品中の図２についても疑問を持ちます。 この図をそのまま適用すると、この世のすべての財が、遅かれ早かれ、銀行に集まり、社会は一文なしとなってしまいます。これでは、現在の銀行の不振が起こりえず、現状と食い違います。このような矛盾が起こるのは、この図が銀行から社会への財の還元を考慮していないからです。銀行の受け取った利子は銀行の利潤となります。その利潤から銀行は当然、銀行員に給料を払います。給料を受け取った銀行員は、今度は消費者として金を使い社会に還元することになります。 図２の「ループ」の中には利子が社会に還元されることを示す矢印が抜けているのです。
従って、この「あらたな矢印」を加えてやれば、「ループ」の外から財を持ち込まなくとも、ループの中だけで完結できるのです。

著者の意見は極めて奇抜かつ斬新なものですが、残念なことに、考察を進めていく上でこの画期的なアイディアに対する執着が生まれ、その結果、反証になりうることに目が向けられなくなってしまったようです。自分が見たくないものに目を向けることは人間にとって極めて困難なことであり、同じような過ちは、人生で一度は経験するものです。 この画期的な作品を糧にして、矛盾のないすばらしい作品が世に出ることを願ってやみません。
5次元文庫に中国共産党の息が吹きかかっているとも思えないが（中国の核戦略に関する中川八洋の本は徳間から出ている）、
安部さんを含めて日本の陰謀論者の主張内容に共通点が多いのも確かだ。
彼らは決まって国際金融資本の脅威を煽る。
これには教えられることも多いのだが、中国とユダヤの仲がここ数年来険悪なのも衆知の事実だ。
また藤井厳喜氏の著作やオークラ出版のムックで警告されている通り、
日本の大手メディアは中国政府から不健全な影響を確実に受けている。
（中国は日本と米国との間に「離間の策」を用いているらしい）。
中国がフリー・ライターに触手を伸ばしていてもおかしくはない。
本当に日本のためを考えているジャーナリストか、中国や米国の国益第一のライターなのか、一応のメルクマールとなるのは＜「日本の核武装」についてどんな立場に立つか＞だと思われる。日本の核武装は必須だ。これが大手メディアで議論することさえタブーになっているのは、彼らが中国の支配下にあるからとしか考えられない。中国ぐらい日本核武装に強烈に大反対する国もない。
日本核武装について真摯な議論を展開していない国際評論家やメディアは信用できない。副島隆彦、中丸薫、ベンジャミン・古歩道などについてもこうした視点で検討されるべきだ。本書は普段のニュースや新聞では絶対に語られることのない
世界を支配する裏の支配者について、下記４つのテーマ別に詳細な証拠をもとに
説明しています。
・新型インフルエンザ
・環境問題
・対テロ戦争
・金融危機

普段なかなか入ってこない情報が満載ですので、情報のバランスを保つためにも
ぜひ皆さんに読んでほしいおすすめ本です。他の5次元文庫と同じく興味深い内容が詰め込められていますが、作者（とその背後）が目的としていることは最終章に読者を誘導し無条件に賛同させることに他なりません。それは『政府通貨を発行して日本を建て直そう』というものです。野口悠紀雄氏の『未曾有の経済危機 克服の処方箋』をご覧頂ければ判ることですが、国債を日銀に引き取らせて替りに日銀券を発行させるという一般的な方法の場合、金融引締めが必要になると日銀は国債を売りオペし市場のだぶついた日銀券を回収します。ところが政府通貨の場合はそのままでは流通しない（自販機で使えない）ので日銀に引き取らせ替りに日銀券を発行させますが政府通貨は市場で売買できないので不良資産して蓄積し、金融引締めの手段としても使えないため結果的に大インフレを引き起こします。 国際銀行家〜の著者は政府通貨は優良資産であり負債ではないと言い切りますが、日銀券が喉から手が出るほど必要な政府が日銀の求めに応じて日銀券を返してくれる保証があるのでしょうか。国際社会が負債ではないと認めてくれるという証拠はあるのでしょうか。政府通貨論は大衆の無知につけこんだ偽策ですが最近、某国会議員や新興宗教教祖が喧伝しています。よく考えて頂きたいのですが貴重な情報を翻訳し続けてくれている文藝春秋がマルコポーロ誌でユダヤ団体に叩きのめされたことがありました。強大な金融権力を強訴しているはずの徳間書店はなぜ無事なのでしょうか？個人的に徳間書店には中国の古典や武侠小説でお世話になっていますが、正直5次元文庫には中共政府の意志が強く感じられます。皆さん！アメリカも中国も欧州も誰も皆さんの幸せなど願っていません。隙があれば食い殺し奪い去るつもりです。そのために日本人を混乱させ分断させる情報が全てのメデイアで流され続けています。全てを疑え！著者の前作「金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った (5次元文庫刊) 」を読んで、微にいり細にいった内容を懇切丁寧かつ誠実に筆致する姿勢に関心したものだった。
この本はその考察をさらに推し進めるとともに、昨今の国際情勢を包含した内容になっている。

取り上げられたテーマや、内容に関する論評は、ほかのレビュアーのかたが詳細に述べられているので、そちらを参考にされたい。

日本における主流メディアの報道番組などを何年見続けても、この本に書かれているようなことにはたどり着けないということだけは確かだろう。

それでも、その状況に安住することは無責任であると感じざるを得ない。

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悲しいことだが、この本は同様のテーマを扱った多数の著作と同様に、まがいモノ扱いされる可能性があるだろう（「トンデモ本」だの「陰謀本」だのというお約束のレッテルならいくらでも準備されている）。

だが、そうした見識が「誰が利益を得るように」に設計されているかを我々は見定めるべきだ。


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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/02/4087205223.html">
<title>不幸な国の幸福論 (集英社新書 522C)</title>
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<description>年間3万人を超える自殺者。
どうして日本はこんな不幸な国になってしまったのだろうか？

著者は、経済的なセーフティネットの不足と日本人の国民性によるものと
分析している

日本人は、他人の評価を気に...</description>
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<![CDATA[
年間3万人を超える自殺者。
どうして日本はこんな不幸な国になってしまったのだろうか？

著者は、経済的なセーフティネットの不足と日本人の国民性によるものと
分析している

日本人は、他人の評価を気にする気持ちが強く、自ら考えないが習慣化して
いるのが問題と指摘している

他人の評価ではなく、また、職場や学校と言うひとつの「場」だけに身を置くの
ではなく複数の「場」を持つことの大切さを言っています。
同時に時間的に長い目で見ることも言っています。

雰囲気に流され、居場所がなくなると失望してしまう、気弱な日本人の姿が思い
浮かびます 著者の加賀乙彦さんは４月に８１歳になられる。「初めてのこと」に挑戦し、脳を刺激する(p.194)ご自身の生き方には感嘆・脱帽だ。恩師の秋元浪留夫氏（精神医学者）のことをp. 196に次のように紹介されている。

 「８８歳のときにパソコンを入手。メールをはじめます。そのうちパソコンで執筆するのが楽しくなったようで、１０１歳で亡くなるまでに２０冊もの本を上梓された。麻原彰晃の精神鑑定を行ったのは、なんと百歳のときです」

 こんな「豊かな老い方」に私はあこがれます。

 知足者富（足るを知るもの者は富む、老子）の現代的意義を解説し、「諦める」は、「明らかに見極める。事情をはっきりさせる」などの意味を持つ「明らむ」から派生した言葉、という説明(p.154)も、情報過多時代の判断力の重要性の指摘で納得。

 本書の装丁には、「不幸増幅装置」日本で幸せに生きるための逆転の発想力！ とあります。学生にも薦めたと思います。 “人と同じであることが普通”という国柄と“人と違っても不思議ではない”との国柄の違い。この国にも“十人十色”の言葉はあるがその言葉に実はあるのか？、との問いかけからこの本は始まる。
 近年とみに顕著になっているのは至る所に氾濫している“ランク付け”或いは“格付け”である。けれども冷静にこれらのデータを眺めていると“これって何の意味があるの？”という順位付けが殆どであることに気がつく。
 例えば企業の社会貢献度としてのＣＳＲ指数などには意味があるが、予備校や学習塾が発表する“○○大学合格者××人”に果たして意味があるとは考えにくい。何故なら大学に合格することに目的があるのではなく、大学に入って何をどう学ぶかが大切なのであり合格はそのスタートラインに立っただけなのである。一流大学に入ったからといってその人の一生が所謂“勝ち組”に属して幸福であるとは言い切れない。この意味で“ランク付け”“格付け”の意味には疑わしいモノが多い。ましてや人の“幸福”を図る指数などは本質的な意味で実在しえない。
 この身近な事実を著者は丁寧に話す。“目標と目的の違い”“目標に向かって歩く速さ(ゆっくり生きる)”などの言葉からは日常の中ではとかく忘れがちな大切なことを受け取ることが出来る。
 この本を読んで欲しいのは中学生以上の若者達その親、そして間もなく定年を迎える団塊世代を始め全世代の人達であり、殊に薄っぺらなノウハウ本を読んで事足れりと自己満足している“経営者”と呼ばれる方々にはお灸をすえる意味でも自らノートを採って読んで欲しい。現在の日本をいかに生き抜いて往くべきか“本”は、経済学的、精神学的、etc.の観点から厭になるほどの駄本が氾濫している。本書のように、冷静に日本人の固有性等を理解して著されたものが他にあるだろうか。本書は新書とはいえ、内容に変な偏りがなく、我らが“不幸な国”の人間活動（精神活動も含む）の過去と現在を最新のデータを引用しながら述べている。ここまでが1章、2章である。では、そのような状況において・・・いかに“生き”そして“老いて逝く”のかについて著者の専門家としての考えを含みつつ、分かり易く優しく記述されている。ここでは、所謂幸福論などというものはそもそも無い、という考えを理解することが大切です。この本はスーット読んで、スーット著者の考えが理解できるでしょう。これは、天邪鬼な私としてはあまりないことです。1，2章をスーット理解できてこそ大人でしょう（全体を見通せる力が必要です。各論にこだわるのは未熟の証です）。しかし、3章、4章に述べられていることは、著者の人生の先輩としての経験、叡智からなる良き人生への発想の転換法の提言として貴重ですが、人間の人生は多様なのですから、多様な考えがあっても良いのです。良き新書を書かれた著者は流石です。これは是非お薦めします！
GOOD BOOK!
なお目次 は以下。
第1章 幸福を阻む考え方･生き方(｢考えない｣習性が生み出す不幸、
他者を意識しすぎる不幸)。
第2章 ｢不幸増幅装置｣ﾆｯﾎﾟﾝをつくったもの(経済最優先で奪われた｢安心｣と｢つながり｣、
流され続けた日本人)。
第3章 幸福は｢しなやか｣な生に宿る(不幸を幸福に変える心の技術、
幸せを追求する人生から､幸福を生み･担う生き方へ)。
第4章 幸せに生きるための｢老い｣と｢死｣(人生八十五年時代の｢豊かな老い｣の過ごし方、
死を思うことは､よく生きること)。
前半では、「流されやすい」国民であるがゆえに過去そして現在起きている
数々の日本人の（社会）問題を取り上げ警鐘をならしています。そして、後半は
その打開策を見つけるべく著者による幸福論が展開されいます。この幸福論は
一般の方々にも十分通じるものであると思うのですが、自ら死期を意識せざるを
得ない一高齢者としての著者の意見は、仕事をリタイアしこれからどう生きていこうか
模索されている方々へのよきアドバイスでもあると感じました（心なしかこの本の活字が
若干大きい気がします。高齢者の方々にも読んで欲しいためなのでしょうか？）
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<title>Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)</title>
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<description>ネットリテラシーの変化についていけていない人向けの本。ネット世代にとって特に目新しい話なし。
動画配信や拡張現実との融合、他の店舗・商品のソーシャル・レビューとの融合、ニューラルコンピューティング的...</description>
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<![CDATA[
ネットリテラシーの変化についていけていない人向けの本。ネット世代にとって特に目新しい話なし。
動画配信や拡張現実との融合、他の店舗・商品のソーシャル・レビューとの融合、ニューラルコンピューティング的な情報伝播の発展可能性など、もっと深い話を期待していた。
つまらんので20倍速で読んだ。ツイッター本が書店でもコーナーを作るほどの賑わいになってきました。
一過性のブームで終わるのか、それとも定着していくのか？
まずは実践より書籍で知識をという私のような昭和世代には、打ってつけのガイドになる本です。

著者の津田氏がジャーナリストの立場からツイッターを使こなしていく経緯も語られていて（第２章）、
ここが特に読み応えがありました。
結びの
”とにかく「人間」が好きな人なら、何らかの方法で絶対にツイッターを楽しめる”
というコメントが、オジサンツイッター初心者にはちょっと嬉しかったです。Twitterをビジネスに活かせないかと思い、購入しました。
Twitterの誕生からサービスを使った事例など、リアルタイム
コミュニケーションツールとしての可能性が書かれており、
非常に参考になりました。飛行機の中2時間くらいで一気にざっくり読める。
内容が薄いからではない。引き込むように読ませる本。そしてわかりやすい。
すごく頭を使って書いているなぁと思った（失礼な表現でごめんなさい）

ただ巻末の勝間氏との対談は不要だった。
カツマーに媚びずともこの本は売れるだろう。
国内外問わず人気沸騰中のtwitterであるが、
一体どのように広まりなぜ、そのように広まったのかを、
政治、権力、議員、企業での成功事例を盛り込み
説明されている。
今では、twitterユーザーも増えてきているが、それに一役
買っているのが、著者自身が「tsudaる」という言葉を流行させ、
twitterの伝播する力を体現されているため説得力がある。
新時代の手法をいち早く取り入れたい方は必見である。

twitterって名前は知っているけど、実際どうなの？という方は
動かす前に一度読んでみることをオススメする。

＜この本を読もうと思った経緯＞
twitterの基本操作は分かるが、どのように応用すれば
いいかのアイデアが浮かばなかったため、読んだ。


＜この本を読んで私が実践すること＞
再度twitterの利用方法を考える。

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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/04/4334035442.html">
<title>近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」 (光文社新書)</title>
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<description>精力的に多くの若者たちにインタビューし
不可視の事象を可視化しようと努める若き著者の姿勢にまずは感心した。

語られる事実は、「へええ」とうなってしまいそうな意外なものがある。
そしてそのような意識...</description>
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<![CDATA[
精力的に多くの若者たちにインタビューし
不可視の事象を可視化しようと努める若き著者の姿勢にまずは感心した。

語られる事実は、「へええ」とうなってしまいそうな意外なものがある。
そしてそのような意識の変化を著者は「新村社会」とか「既視感」とか
いちいちうまい言葉で一般化して見せている
そこらへんの手管はさすが広告マンという感じ。

でも、語り終えられた主張を思い返して俯瞰したとき、
そこには時代の分析として重大な発見があったわけではなさそうだ。
その世代間ギャップは、「進化」とも「退化」ともいえない単なる「変化」だね。
微細に観察すればそりゃあ違いも感じられるでしょって感じだ。
要するに、「こんな人もいるし、あんな人もいる、人っていろいろだ。」
っていう事実を再発見させてもらった感が強い。

もちろん、時代を超えた共通項に注目するか違いに注目するか
によってどちらともいえるんであって、
この作品においては、違いを丁寧にひろいあつめたデリケートさが
大事なんだろうけどね。

消費行動の解析のための分析データとしては役に立つだろうね。
でも、政治行動もふくめた社会行動全般の解析のための
分析データとしてはいまいち。
そんなことは著者も意図してないだろうけどね。

ただし、だれかがレビューに書いてたけど、
これまでの若者論へのアンチテーゼとして、
今の若者を擁護しているカウンターオピニオンというのであれば
その公平な視点、熱くなることも奇をてらうこともない姿勢は
評価すべきだと思う。

なので、「下流なんとか」とか他の若者論もちょっと読んでみないとと思いました。



著者が自身のブログの中でも言っているが、決して若者を批判している
だけではなく、若のリアルを描こうとしている本。
よくありがちな「今の若い者はダメだ」という論調ではなく、むしろ
ポジティブに受け止めようとしている点に好感が持てました。

昔ながらの村社会に似た空気を過剰に読む世界がケータイネイティブの
世代で形成されているというもので、思いっきりデジタルなモノを駆使
しているがゆえのアナログな感じ、というのがとても興味深かったです。大学生の研究発表を定期的に聞く機会があるのだが、「若い人はダメだね〜」という言われ方に反し、学生の発表が年々、たくさんの人のインタビューを盛り込んだ、面白いものになっていて、つながりが濃くなってるような気がしていた。小中学生にして携帯を持ったことで、コミュニケーション力がそれまでの年代と比べてとんでもなく高くなり、数百人という知人ネットワークを築いている、「ケータイネイティブ」という全く新しい世代の生態について報告した本書を読み、学生発表で感じた印象が少なからず裏付けされたような気がした。

数百人の知人というのもすごいが、新世代の空気を異常なまでに読まなくてはいけない、読まないと、という気苦労にちょっと同情する。ＫＹという一頃はやったフレーズがあったが、あれは新世代にとっては破ったらネットで晒され、まさに公開処刑という、絶対の掟なのである。だから、気遣いがうまく、必要とあればキャラも作り替えてしまう。このように、交友関係が広大になり、関係維持にあれこれ精を出す反面、都内や常磐線に住んでても渋谷にすら出たくないというようにリアルな行動半径は極端に小さい。

と、否定的な論じ方をしているようだが、大きなネットワークには助け合いもあり、新たなビジネスの可能性も見えつつある。著者は数千人という単位でインタビューをした結果に基づいて書いているとのことで、本の信頼性、精度は高いのではないかと思われる。メールなんて日頃１、２人としかやりとりしないので、毎日見かける若者世代の、全く違なった生き方、人間関係構築にとにかく驚いた。

 「最近の若者の事が良く理解できない」と思っている方にお勧めの本です。
 なぜ、携帯電話を風呂の中まで持ち歩いているのか、食事中でも携帯のメールが着いたら直ぐに返事しなくてはいけないのか。
 ファミレス等に座っても直ぐに注文ができないのはなぜなのか。
 今の若者の気持ちが分からない、何を考えているのか解らないと嘆く前に是非読んでみてください。
 今の若者がこれからの社会を作り上げていくのです。
 貴方が思っているより世の中のこと、他人の気持ちを若者が考えてることに感動すると思います。
 携帯電話を３０歳すぎてから持った方にお勧めの本です。
タイトルからすると若者なんてどうしようもないダメな奴らなんだということを延々と力説している本のように捉えてしまうのですが、中身はむしろ擁護的な内容が多く、取材に協力してくれた若者が本当に気さくないい奴で人間的に重大な欠陥があるとは思えなかったというような主張が目立っていました。むしろ、取材に協力してくれたことへの感謝を本をかりて述べたいようでした。

若者がなぜダメなのかという理由の説明にはIT社会（とりわけ携帯電がなくてはコミュニケーションが成り立たない社会）のほうに理由があるのではないかと考えさせられました。コミュニケーションのIT化により、若者たちのみムラ社会にいるのではないかと考察されているわけです。すなわち、若者は外部（警察権力や中年の監視）から隔離され、常にムラのルールに従って生きる必要に迫られているという仮説ですね。

他の若者本は城繁幸や後藤和智、三浦展などよくも悪くも評価されているものまで一通りは読んだようで、その上であの人たちのいっていることは違うんだと主張しており、内容に説得力があったと思います。

ただ、若者議論についてはどの著者もそうなのですが、第一版では差しささわりのないことを書くもので、本や名前が売れ出すと急に手のひら返したようにいい加減な話をはじめるのを私はよくみてきました。なので、そのへんは油断できない印象をもつべきだと思いました。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/05/4797357169.html">
<title>セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 (ソフトバンク新書)</title>
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<description> 1995年〜2006年の間に「セカイ系」として日本を賑わせた作品群に対する、きわめてクリアかつ誠実な、総括の書です。
 本書はセカイ系を、作品じたいの共通項によって家族を成しているものではなく、「...</description>
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<![CDATA[
 1995年〜2006年の間に「セカイ系」として日本を賑わせた作品群に対する、きわめてクリアかつ誠実な、総括の書です。
 本書はセカイ系を、作品じたいの共通項によって家族を成しているものではなく、「後期エヴァの衝撃」という固有の出自をもったリテラシーの変革として、つまり消費者側の問題として捉えます。その衝撃とは、碇シンジの叫びにより、まんが・アニメ的なものが、「世界」設定を楽しむ貴族趣味の場から、屈折した実存を抱えたまま結局アニメ的なものから離れられないこの私、その「セカイ」語りを託す宛先へと変容した瞬間、つまり「オタク文学」が発生した瞬間のことです。
 著者が、初めてこのラベルが使われた日のログ紹介に始まり、自ら当事者でもあった業界の動向を丁寧にトレースしながら、「セカイ系」が批評や批判をむしろ自己再生産の条件として取り込みつつ、定義すら変えながら、システムとして自律していくさまを描出していく過程は、的確なだけでなく、それ自体が娯楽としても優れています。また、このような分析手法は、定義の相互矛盾や毀誉褒貶の嵐を回避し、かつそれらを必要条件として包含・超克してしまえる、とてもクレバーで正しいやり方となっています。
 しかし本書の最も優れた点は、セカイ系への愛ゆえに、その限界までも丁寧に洗い出し、セカイ系が「終わった」２００７年以降の潮流についても的確な整理と展望がなされている点です。オタクだとかセカイ系だとかいうラベリングを超えて、多少なりとも表現というものに関っている誰に対してもお薦めできる、良書だと思います。

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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/06/4480065016.html">
<title>コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)</title>
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 著者の広井良典氏(千葉大学)は、私が注目している数少ない学者の一人だ。2009年度「大佛次郎論壇賞」を受賞したこの書物は、「新書版」とはいえ300ページ近くあり、歯応え、読み応え十分の内容である...</description>
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 著者の広井良典氏(千葉大学)は、私が注目している数少ない学者の一人だ。2009年度「大佛次郎論壇賞」を受賞したこの書物は、「新書版」とはいえ300ページ近くあり、歯応え、読み応え十分の内容である。去る1月11日、“活字文化”と全く無縁らしい産×新聞のバ×記者から「政治課題が山積しているだけに、読書を楽しむヒマはあるのか」などと失礼な嘲罵を浴びせられた鳩山総理であるが、ア×記者どもは相手にせず、「福祉(社会保障)政策と都市政策の統合」等を論じた本書に目を通されても損はないだろう。

 ところで、本書の感想を一口で表すのは難しい。著者も述べるとおり、この書冊は『グローバル定常型社会』(岩波書店,09年)と対になっているからだ。むしろ、私としては「オルタナティブな社会構想」などを提起していた『持続可能な福祉社会』(ちくま新書,06年)の延長線上で当書を読み終えたのだが、先発の「持続可能な福祉社会」論では「定常(環境)志向&(相対的に)大きな政府」＝「ヨーロッパ型の社会モデル」を前面に押し出しており、“コミュニティ”論は、この“社会モデル”論の陰に隠れていたような気がする。

 そういった意味で、著者は当書で思索の一層の推転を見せたけれども、著者の構想する“コミュニティ像”が鮮明となった、とは言い難い。だが、たとえば福祉政策について〈時間軸〉のみならず〈空間軸〉も重視する考え方や、「公＝政府(ナショナル)、共＝コミュニティ(ローカル)、私＝市場(グローバル)」といった認識構造などは理解できよう。本書にも登場するロバート・パットナムは「社会資本」という概念を明確に示した政治学者だが、こうした視座等もさらに活用しつつ、“コミュニティ”論を大いに深めていって欲しいと思う。
これは新書として書かれた「ぎょうせい」出版の白書である。
さらに付け加えるとすれば、居酒屋談義的な「文明論」の要素もある。

本書の筋書きは、とても大雑把にいえば次のようになる
すなわち、「社会」を公共（政府）、共同体＝コミュニティ、私（企業、市場）に分割して考えると、
近年の日本は「公」から「私」へと転換した後の社会であり、現在では共同体ベースの「互酬性」を再評価しながら、公―私―共のバランスの取れた政策を展開していく必要がある。
そして、グローバル化の弊害を緩和するためにも、とくに共同体における「社会関係資本」の構築が喫緊の課題である。以上

末尾に「農耕社会」と「狩猟社会」の区別といった、若干トンデモ本のようなくだりも出てくるが、ここは筆が滑ったのだろう。本筋は上記の部分にある。

さて、このように本書は「何かを言っているようで」、実のところ「何も言っていない」。
行政の白書に書かれているような、大多数の人々が賛同できる建て前的文言をつなぎ合わせているようにも見えてしまう。

また、より専門的な見地から、本書の問題点を挙げるとすれば、次の二点がある。
１）本書は引用文献からも、論旨からも明らかなように、パットナムに代表されるような「コミュニタリアン（共同体主義者）」に近しい視点から書かれたものだが、既に多数提出されているコミュニタリアンへの批判や、リベラル/コミュニタリアン論争、あるいは政治学におけるダールなどの「コミュニティの権力」論争を全く踏まえない論旨展開をしており、これまで官僚や御用学者が立脚してきた、一方の立場のみしか紹介していない。
コミュニタリアンが悪いというわけではもちろんないが、片方の視点のみを自明の前提としていることは問題であり、これは良くて「一面的」、悪ければ「イデオローグ的」であるとの批判を免れないだろう。
実際にはより奥の深い問題が、これまで議論されてきたのであって、本書を読まれる方は、この点にはとくに留意していただきたい。

２）大筋としてはパットナムなどの提出してきた「社会関係資本」や「互酬性」の構築を再度提言するものであるが、パットナムらが展開してきたような綿密なデータ分析や、具体的な事例を十分に紹介できておらず、「文明論」的に大風呂敷を広げた議論に終始してしまっている。新書という体裁の限界を差し引いたとしても（しかし新書でも、きちんとした論理展開をした本は多くある）、一般に認められた「良い言葉」を並べた白書的な新書といった感は否めない。
かつてリップマンは「認識から定義する」のではなく、「定義から認識すること」を「ステレオタイプ」と呼んだが、本書の結論も、論旨展開も「農耕文明」がどうしたといったような、ステレオタイプ的な部分が散見され、元ネタであるところのパットナムやジェイコブスを矮小化した議論になってしまっている。

かつての官僚が、どのようなことを考えているのかを知るための資料/史料としては有用であるので、星一つではなく二つをつけた。大佛次郎論壇賞受賞ということで買って読んでみました。
著者の本は初めてでしたが、期待以上に充実した内容でした。
全体は３部構成になっていますが、全体を貫く視点は一定です。
それは、「コミュニティはウチ向きとソト向きのバランスが大事」ということで、
この論点が、農村型／都市型、文化／文明、空間／時間、等々に変奏され、
土地の取り扱いの私有財か公共財かの国の歴史による違い、
医療へのアプローチの違い
百万年超に及ぶ時間スパンでの人類や産業の発展サイクルと絡ませての、
コミュニティ・人間の意義についての著者独自の見解など、
壮大なスケールで、コミュニティの原理的側面について、
読者に数多くの気づきを与えてくれます。
この本を読むまでは、「今後は、医療・介護ケアだ」と言われても、
少子高齢化だから、日本はやむなく手をつけざるを得ないという印象でしたが、
単に市場の要請というよりも、文明史的転換を背景にした歴史の必然であり、
しかも今後数十年というよりも、著者によれば４００年単位レベルで続くような
動きであることに、自らの不明を恥じることになりました。
これほどの良書であるにも関わらず、レビューの数が少ないので書いてみました。
読みやすいが内容の薄い新書とは違い、間違いなくお勧めできる一冊です。
キレル、人たちが増えています。
子どもに限らず、青年も中年も老年もキレています。
それは、つながりがなくなったから＝キレルなのだと思います。

本書『コミュニティをいなおす』では、国家や都市といった大所高所の視線なのですが、
高度経済成長という神がいなくなった日本で、どのようなリンクがあり得るのかを探っていきます。
もちろん、インターネットもそうです。

余談ですが、携帯電話をなくしたりわすれたりする以上の不安というか恐怖をなかなか考えつきません。
携帯＝ユビキタス＝偏在＝いつも誰かとつながることができる状態を保つ神器などという連想が浮かんできました。

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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/07/4062763990.html">
<title>下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)</title>
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労働を経験する前に消費者としての経験を子供がつみ、教育に経済合理性イデオロギーが誤って導入された結果、現代の若者は勉強することの自分の苦労と教育サービスを商品の購入と同じ交換だと考えるようになってしまったと言う。その結果、自分が払うお金としての苦労は最小限に値切るのが当然で、しかも「それを勉強して何の役に立つのか説明してくれなければ、勉強しないよ（買わないよ）」というかつてはなかった新しい態度が生まれたのだと言う。
しかし、勉強をする以前に学問の価値を理解する、説明することは不可能だ。その結果、「自己責任」で判断して勉強することを拒む若者層が生まれ、90年代以降日本の若者の学力、知力は急速に低下していると説く。

著者の饒舌で、巧みな説明に思わず説得されそうになるが、実は検証可能な事実に基づいた論拠は示されていない。確かに世界学力テストの推移をみると、日本の子供はかつてのトップからじわりじわりと落ちてきている。上がっているのは、香港、台湾、韓国、シンガポールなどだ。
しかし、こうした国は日本と同様、あるいはそれ以上に、経済がクローバル化する中で、現代消費文化や市場を相手にした経済合理性イデオロギーの洗礼を受けている。従って、日本の若者、子供の相対的な学力低下を、経済合理性イデオロギーの教育への浸透や現代消費文化で説明するのは、明らかに無理がある。
教育のあり方については、納得できる重要なポイントも指摘されているのだが、結局は「経済合理性イデオロギー」を攻撃、批判したいという著者の我田引水論法が饒舌なレトリックで展開しているだけだ。

そういえば、私が高校生だった1970年代にも、若者論ではやった言葉が「三無主義」（無責任、無感動、無関心）だったなあ。２００７年にベストセラーになった本書が文庫になったのでとりあえず読んでみたが、かなりのズレを感じるのは気のせいだろうか。本書は家にひきこもっているニートが生まれた社会的背景や処方箋を著者なりに分析・提示しているが、はっきりいって的はずれもいいところである。＜生まれながらに物を与えられる贅沢な環境に育った子供たちに労働や教育の意味をわからせるのは土台無理、静かにそのまま引きこもらせておくために税金出動もやむなし＞という論法は、どう考えても乱暴すぎる。

大した努力もせずに即物的な見返りをほしがるのは確かに今の若者たちに顕著な傾向だが、それをグローバリズム経済のせいにだけしてしまうのはいかがなものか。バブルを経験した私は途中まで「ジャパン・アズ・ナンバー１」という神話を信じていた世代の一人であるが、それすら経験せずにひたすら坂道を転げ落ちていく日本の現状しか知らない若い世代に「未来に希望を持って働け（勉強しろ）」と言ったところで信憑性がないのである。そんな明日をもしれない未来の成果よりも「今もらわないといつもらえるかわかったもんじゃねぇ」というのが、連中の本音ではないだろうか。

年金問題をみても明らかなように、過去のツケを後代におしつけて逃げをかまそうしている世代に属する著者が、「武道を見習って師を尊敬しろ」と声高に叫んでも「何バカいっちゃんての」と切り返されるのがオチ。この本の中で語られていることは、あくまでも日本の現体制がむこう百年安泰であるという幻想の元に成り立っており、数十年後には中国の一州に成り下がっているかもしれない現在の国状では、まったく根拠をうしなっているのだ。

本書の中では、引きこもりと表裏一体のイジメ問題についてまったくふれられていないし、興味本位のマスゴミによってニートという存在が社会認知化された背景も無視されている。いずれにしても、著者の得意分野である思想面からニート分析を長々と語ってくれているが、そんな高尚な意思が連中にあるとはとても思えない。派遣村で金をもらったとたん行方をくらましたニートたちは一体どこに消えたのか、筆者は再度よーく考えてみるべきである。

「学校（会社）に行けば変な気をつかわれていづらいし、こうやって引きこもって親の愚痴にさえ我慢すればただ飯も食える。マスコミが騒いでいるってことは俺みたいな奴が他にもいぱいいるってことじゃね。とりあえずニートってことで、まいっか」（新渡君の一人言）生まれ持っての「消費」体質…
30代の私は「下流志向」の年代層に当てはまるのかどうか、
考えながら読んだ一冊。

「生産」「労働」「消費」バランスの大切さに
気付き、実行してみようと感じたことです。

講演録だがあいかわらず内田樹はすごい。
小泉改革以降起きている日本人の荒廃は、さまざまな類書が分析を試みてきたが、僕の知る限りその最大の成果といってよいのではないか。E.フロムの「自由からの逃走」へのオマージュともいえる内容だが、「学ばない子ども」と「働かない若者」の精神構造に精緻にメスを入れていく。戦後日本はあのナチズムのとき以上にグロテスクな精神社会を築き上げてしまった。
この本については後日もう一度深く書いてみたい。
他のレビューを見ると賛否両論あるようですが、この本は難しいことを考えずに教育問題について書かれた気軽なエッセーとして読むのが正解です。実際、著者の講演内容をまとめたものなので、口語体でとても読みやすいです。いまどきの子ども・若者について疎かった僕にとって驚愕の内容が多く、非常に興味深かったです。

学級崩壊や勉強しようとしない子どもたちの行動を等価交換という考え方によって説明している点は、大きな発見でした（ただし、等価交換は諏訪哲二さんの説を引用したもの）。何の役に立つかも分からない勉強をさせられるという苦役に耐える代わりに得られるものは何なのか。教育をビジネスライク捉えてしまうのは、物心ついたときから消費主体として生まれ育ったゆえである。現在、社会問題となっている様々な事象をこの等価交換説によって読み解いていくあたりは、実にスリリングでした。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/08/4004311241.html">
<title>反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)</title>
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<dc:date>2010-03-07T17:32:09+09:00</dc:date>
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<description> 著者は、「ＮＰＯ法人自立生活サポートセンター・もやい」の事務局長。このＮＰＯ法人は、生活困窮者に対する生活相談や、住所不定状態の人に対するアパート入居時の連帯保証を行っている。
 したがって、学者...</description>
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 著者は、「ＮＰＯ法人自立生活サポートセンター・もやい」の事務局長。このＮＰＯ法人は、生活困窮者に対する生活相談や、住所不定状態の人に対するアパート入居時の連帯保証を行っている。
 したがって、学者が統計を使って大所高所から政策的に貧困問題を論じるようなタイプの本ではなく、日本の貧困がどのような状況になっているかという、いわば現場の視点から書かれている。
 
 私は、（最近、ＮＨＫなどで、ネットカフェ難民や貧困者についてのレポートが何度も放送されるようになったこともあって）貧困の状況そのものについてはそんなに驚きはしなかったが、市町村の生活保護窓口の対応のひどさには愕然とした。
 また、貧困の存在さえきちんと認めようとしない厚生労働省の姿勢にも大きな疑問を感じた。

 貧困問題に向き合う市民活動家の視点からみた画期的な著作であり、さらに、著者の経験だけを書くのではなく、本書を書くために多数の資料にあたっていることもその引用文献の多さから感じ取れます。
 日本の貧困問題について理解が深まる良書だと思います。今や、湯浅氏は菅直人国家戦略相の肝いりで内閣府の政策参与した大物である。
日本を代表する貧困日ビジネスの第一人者と言えよう。

著書すべり台社会がいかに儲かるかをよくわかるように解説されている。日々の仕事においても，「貧困」問題を感じる。
「この後，この人たちはどうなっていくのだろう？
『すべり台』を滑り落ちて行くのだろうか？」と。

これは「『政治，立法サイド』の問題で，『執行』サイドの問題ではない」と割り切ることはできない。
では具体的に何ができるのか？
個別的な救済に加えて，「政策形成的訴訟」か？
国の不作為（憲法２５条違反）を問うのか？

課題は，法律家に何ができるのか，「南北問題」とどう関連するのか，そもそも我々はどこに向かっているのか，について考えること。 民主党政権になり、日本政府もやっと貧困問題の調査に取組むようだ。
 ２００８年４月に出版された本書で、湯浅氏は調査もせずに「日本に貧困問題はない」と言い切る日本政府を強く非難していた。

 本書ではまず、現在の日本の社会保障の問題点として三層の安全網の綻びをあげている。日本の社会保障制度は正社員を前提とし制定されたため、近年急増した非正規社員や本当の弱者にはとってはザルのような制度である。
 その結果、貧困者救済の効果が先進国で一番低い。

 貧困問題を自己責任とする考えに対して、湯浅氏は「過労死は自己責任」という某人材派遣会社社長のアレな発言を分析・批判しながら、貧困も自己責任ではないことを説明する。
 また、貧困に陥らず、貧困から抜け出すために必要なものとして“溜め”という概念を提示している。これは金銭的な余裕や人間関係を含めた概念である。溜めを与えると、社会復帰が容易になることは湯浅氏の主宰する“もやい”の活動で示されてる。

 もやいの活動の一つにホームレスのアパート入居時の連帯保証人になる事がある。誰もが破綻すると思うだろうが、実際には９５%の人が問題を起さずにアパート生活を続けているという。
 ホームレス支援としては随分と資金効率のいい方法であろう。

 行政は貧困者に対する直接の金銭支援を嫌い、就労奨励金などの間接支援にこだわるが、溜めの概念を用いると、それが機能しない事は理解出来る。
 間接支援は結局利用されず、単なる天下り先の創成や民間業者へのマージンに消える資金効率の悪い制度になる。

 また、生活保護の申請は当人だけだと却下されるが、第３者が付き添えば簡単に通るなど、行政のデタラな運用も判り腹立たしい。

 湯浅氏は感情に流されず、イデオロギーに揺れず、事実を見つめ、説得力のある持論を提示し行動する。その姿勢にはＮＧＯのヤワなイメージを打ち砕く凄みを感じる。
せっかく本を読むなら自分の意見をしっかりまとめることで身につけよう、ということでレビュー始めます。[テーマ]貧困、自殺現代の日本社会は個人主義に充ち溢れている。小泉・ブッシュ政権が唱えた自由主義が個人主義を加速させてしまった。結局何でも自己責任で解決させようとする。保険料(年金)を払ってない者が悪い、他の家族を頼れ、まだ働ける。今の役職はそうして排除しようとする。払えず頼れず働けない人はどうすればいい。多くのそのような状況に置かれた人に給付を怠っているのが現実である。幼い頃に家族を失ったり、精神を病んでいたり、劣悪な条件で働くことを余儀なくされたり、そんな人の事なんて全く考えていない。生活保護費の1万5千件の濫給問題と600万〜850万人の漏給問題と一体どちらが深刻か。これだけ生活保護を受けるべきだが受けれない人がいる。平均年収の半分以下の年収しか稼ぎのない人は17%以上もいる。児童虐待の問題だってそうだ。悪い親がいたものだと世間は見るが、違う。そのような社会の救護ネットワークから排除された家庭の苦悩が反映されている部分は少なからずある。教育過程からも企業福祉からも公的福祉からも、最も頼るべきであった家族福祉からも排除され、そのような環境に置かれた者は自分の存在意義、尊厳を失い、夢も希望も持つことを放棄し(させられ)、その者に残された選択は”自殺”貧困は自己責任ではない。自殺対策基本法のように実効的でない立法をするのでなく、もっと具体的で実効的な制度、立法をすべき。かつての世界が生んだ個人主義、国家主義による”無関心””自己責任”の問題に今こそ取り組まねば、社会の崩壊は近い。貧困貧困とただ叫ぶだけでなく本質を見るべき。(先日の鳩山由紀夫の演説で、このような問題についての打開策が全く聞かれなかったのが最大の不安であるが…。)
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/09/4334033709.html">
<title>若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)</title>
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<dc:date>2010-03-07T17:32:09+09:00</dc:date>
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<description>レールなんて消滅したはずなのに 
ずっと昔を引きずったまま。 
毎日一生懸命やってればいつか報われる、 
なんて考えられなくなってる。 
我慢が足りない？ 
我慢した先にがあるならば我慢するけど、 ...</description>
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レールなんて消滅したはずなのに 
ずっと昔を引きずったまま。 
毎日一生懸命やってればいつか報われる、 
なんて考えられなくなってる。 
我慢が足りない？ 
我慢した先にがあるならば我慢するけど、 
我慢する意味がないなら我慢しない。 

そろそろレールから降りましょうかね。カイシャは年長者ほど有利な世界 
年功序列という安定と排除の装置の中で
昭和的価値観を引きずったまま
自分たちだけはなんとか逃げ延びたい
合理的な選択としての若者への負担転嫁
パイの縮小により誰かが割りを食うのは当然
それが若者であるのも自明なこと
終わりのないデスマーチ

社会全体も同じ構造の入れ子
強固な昭和的価値観の中で阻害されるのは
女性であり子どもであり排除されたお年寄り
長引く不況で既得権者の取り分も危ない
よってパイの拡大が叫ばれる
そうすれば皆がハッピー
しかしそれは問題の構造が見えななるだけのこと
崩壊は止まらない

そんな中で自分は何を選択するのか
虐げられた若者の憤激はこの先何処へ向かうのか

本書は時代の変わり目に存在する閉塞感という大きな壁に打ち込まれた、
一つの楔のような本なのだと思います。非常に面白く、わかりやすい内容。
会社という仕組みと、ルールや方針を決める人の思い、
そういった体質から来る弊害がきちんと説明されている。

終身雇用、成果主義、年功序列、リストラ、派遣社員など
用語としては誰でも聞いたことがあるものだが、
会社がどういう意図で動いているのかを知ることができる。
建前でどういう立派な理屈を言おうとも、
実際にはこういう都合があるのだ、ということがわかる。

また、一見、問題に対する正しい対策に思えても
長期的な目で見ると会社と未来がなくなってしまう場合があることも
わかりやすく端的に説明されていて興味深い。

会社に数年以上勤めたことがある人なら
誰しもが思い当たる内容が書かれており、
それが嘘ではない事実であろうということを感じる。
場合によっては自分の現状がいかに脆いものか実感して
非常に怖くなる部分もあるほど。

しかし、だからこそ事実を知っていて欲しいと思う。
若者を部下に持つ立場の人よりも、
これから社会に出る大学生、専門学校生、高校生にこそ
ぜひ読んで欲しい内容だと思った。

インパクトのあるタイトルだが、「若者が辞める理由を知りたい人」ではなく
「今後、３年で辞めてしまうかもしれない若者」になりそうな人向けなのだ。
少し将来が不安に感じる部分もあるが、何も考えずに
どこかにスムーズに就職できればいい、という浅はかな考えはなくなるはずだ。「大卒新入社員の36.5%が3年以内に辞める」との切り口自体は興味を惹いたので、かつてベストセラー『内側から見た富士通』を著した実務家ならではの分析を期待して読んだのだが、さに非ず。内容は、「年功序列が悪い」「中高年世代が悪い」「日本のシステムが悪い」と全てを批判的に受け止めてコキ下ろしているだけで、読むに堪えない。そこにはプロの人事コンサルタントらしい考察は欠片も見当たらない。例えば、「若者にキャリアパスを提供しろ（＝希望の部署に配属してやれ）」とあるが、前著では「現場を知らない人事部社員」を問題視していたことを忘れたのかね？
著者の提言・分析は『内側から見た富士通』から進歩していないが、それでも前著は、元社員ならではの生々しい内部事情の描写が読み手を惹きつけベストセラーとなった。しかし、この成功体験が仇となり、皮肉にも著者の勘違いを増幅させてしまったようだ。いずれにせよ、富士通1社での体験だけで全知全能ぶっているようでは、お里が知れるというもの。かつて自著で酷評していた「机上の空論を振りかざす」「現場を知らない」「純粋培養のエリート意識」という富士通本社人事部社員の気質を一番色濃く受け継いでいるのは、他ならぬ著者自身である(汗)。近現代に作り上げられた年功序列と、終身雇用制度が、
時代の流れの中でねじれ始め、その事象に対する詳細な分析を
うまくまとめあげて、表現されている。

3年間で実際に会社をやめて、起業した自分とは、
そこま直接的に共感することはあまりなかったが、
間接的には腑に落ちることが多く描かれている。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/10/458413202X.html">
<title>悪魔の用語辞典―これだけ知ればあなたも知識人</title>
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<description>この本は、100年前に出されたアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』の現代的復活版である。副島隆彦氏とその高弟達が数々の真実を、オックスフォード英語辞典（OED）による定義と、高く深い視点からの解説によ...</description>
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この本は、100年前に出されたアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』の現代的復活版である。副島隆彦氏とその高弟達が数々の真実を、オックスフォード英語辞典（OED）による定義と、高く深い視点からの解説によって暴いている。

内容および質的にも優れた力作であり、驚きの連続で、あっという間に最後まで読み通せた。

副島隆彦氏の文章は当然面白かったが、それ以外で特に目に止まった解説は、スピリチュアリズム（spiritualism）の項目である。現在の文明と歴史から宗教は切っても切れないものであり、人類の「洗脳支配」に宗教は大きく関与してきた。この意味深い単語を見事に鋭い切り口から解説している。

これからも毎年、継続出版していくことを希望する。恒例の副島氏と弟子たちの合作本。
冒頭、核となる副島氏のすばらしい解説の後、広瀬さん、古村さん、中田さん方のよく調べられた文章が続き、後は彗星で言えば尾っぽのような文章が続きます。
全体で見ますと彗星のような輝きのある本ではないでしょうか。

よく使うが結構あいまいに使われている用語を選んで本来の意味を鋭く解説されます。
内容の濃い前半部分だけお読みになればいいかもしれません。後半のいくつかはもうすこしブラッシュアップされたほうがいいかなと思いました。

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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/11/4478760853.html">
<title>ピーターの法則</title>
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<description> 世の中には何故に無駄やヘマが蔓延し、改善もされず増え続けているのでしょうか。

 この本の中に明確な答えがあります。世の中の全ての組織は「ピーターの法則」と呼ばれる重大な法則に則って動いているから...</description>
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 世の中には何故に無駄やヘマが蔓延し、改善もされず増え続けているのでしょうか。

 この本の中に明確な答えがあります。世の中の全ての組織は「ピーターの法則」と呼ばれる重大な法則に則って動いているからなのです。
ピーターの法則とは
・階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに到達する。
・やがて、あやるゆポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる。
・仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行なわれている。
を基本原則とし、組織自体や中にいる人々の行動様式を細かく体系化しています。

 著者のローレンス・Ｊ・ピーターは多くの観察結果から階層社会学という新たな学問体系を作り上げました。本書にはその観察資料がふんだんに盛り込まれています。読むとついつい身近な人の姿に重ね合わせてしまうでしょう。

 この本の重要な点は、極めて絶望的なピーターの法則から抜け出すための方法「ピーターの処方薬」が示されていることです。本のサブタイトルにある「創造的無能」とはこの処方薬を理解するための重要概念です。世界中の人たちがピーターの処方薬を実践できたなら、組織の病を取り除くどころか、おそらく人類史上最高の素晴らしい未来が開けるに違いありません。

 この素晴らしい本にたったひとつだけ不安な点を挙げるならば、本書の最後で「どこかに階層社会学の講座が出来たなら、私こそ教授に適任だと名乗り出る。なぜなら私はこの本で自身の有能さを証明しているのだから。」と自信たっぷりに宣言する著者自身が無能レベルに至っているのではないか、という点ですが、きっと私の杞憂に違いありません。書いてあることははたしてジョークなのか本当なのか迷う。

ただトコロテン式昇進だと、職責を果たさない人があらゆるポストを占めるようになるというのは、当たっているかも

適材適所に人材を配置するには、どうすればいいのか？

とにかく人には、向き不向きがあるということは再確認した。
昇進を夢見て日々頑張っている人には、恐怖のお話ですね。
始めは「そうそう、こんな上司いるよね」と相槌を打つだけでしたが、最後のチャプターでは自分の人生について悲壮な気持ちになってしまいました。

そして読破して一日。やっと筆者のメッセージが見えた（ような）。
「単に野心と昇進のために生きている人間になるな、中身のある実力者になれ」と叱咤激励されている気がしてきたのです。
どこかのブログに「ポジションが人を育てる」という記事がありますが、
高いポジションに抜擢された無能な人間のうち、数名は死ぬ気で努力し、結局その立場で必要とされる実力を身につけ、本物になってしまう。
そういう”逆ピーターの法則”も存在するわけです。

要は、郷に入っては郷に従い、ルールに沿って勝負できるかということでは？
もう一度本を開くとき、怖がらない自分になれていたらなーと思っています。「マーフィーの法則」などと同じ系統で、無能な上司の部下になってしまったことを「法則」として笑い飛ばすためのネタ本としては非常に価値あり。

ただし、この本はビジネス書ではなく、読んだからといって「無能な上司」にならないための方策は提供してはくれない。
階層社会学と名づけられたジャンルの本。
この本に書いてあることは、およそ以下の通り。

１．階層社会における人は、無能レベルに達するまで昇進する(階層を上位にあがる）。
２．時がたつに従って、階層社会の全てのポストは、その責任を全うしえない従業員によって占められるようになる（傾向がある）。
３．仕事はまだ無能レベルに達していない人間によって行われる。 

それだけならただの現状考察だが、筆者がすばらしいのはその中で我々がどう振舞えばよいかについて言及していることである。

「いつでも自分にできると思うことを一つだけはやらずにおけ。」
この明快なフレーズに筆者の主張が集約されている。

経営組織論の書籍は数あれど、これほど特異な視点から書かれ、かつ一方で「トンデモ本」に成り下がっていない書はないだろう。その点だけでも異端の著であり名著であると言える。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/12/4062726181.html">
<title>ハリウッドではみんな日本人のマネをしている (講談社プラスアルファ新書)</title>
<link>http://c-book-046.book-fun.com/detail/12/4062726181.html</link>
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<description>ハリウッドの映画関係者が日本の習慣を取り込んでいく様をリアルにクール・ジャパンを体感する著者を通じて楽しめる。
日本人の習慣、振る舞いを再発見できる。ハリウッド映画は変わりつつあり、たしかにアジア系...</description>
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ハリウッドの映画関係者が日本の習慣を取り込んでいく様をリアルにクール・ジャパンを体感する著者を通じて楽しめる。
日本人の習慣、振る舞いを再発見できる。ハリウッド映画は変わりつつあり、たしかにアジア系のリメイク版が多くなってきました。
「HACHI 約束の犬」のごとく。
つい昔までは、日本の文化というものを珍奇なエキゾチックなものというものとして取り扱われ、ハリウッド映画でもワケのわからないゲイシャ、チンイラ、羽織袴、赤提灯、仰々しく箸で和食を食べるといったシーンが珍妙に描写されてきました。
ところが、最近ではエリート系のパリッとしたビジネスマンの映像や普段着で和食を食べるシーンが多くなり、周知度が高まってきたことがよく分かります。
これらは、心身ともにヘルシーな新鮮なコンテンツとして評価され前向きに取り入れられたものであり、量を好む文化から、量より質を厳選する文化へと変わってきたことを示します。
スティーブン・R・コヴィーの「７つの習慣」より”WIN-WIN”という「自分も勝ち、相手も勝つ。それぞれの当事者が欲しい結果を得る」という考え方が流行りましたが、日本の”気配り”というエッセンスにより、アメリカに逆輸入されているように思います。
多様な民族の集まりであるアメリカは、個人主義が中心であり、ディベート等にもあるように如何に持論を展開して自己主張をして認められるかということが大きな要素ですが、その中で、日本のような協力・協調し合いながらコツコツ築き上げるものに真価を見出してきているということです。
特大ホームランはもういらない、内野ヒットとバントで塁を進ませるがごとく。
”気配り”に関連し、”もてなし”という相手を謙譲する行為そのものが、チップなどで対価を支払うサービスではなく、無償のサービスであることに気づき始めたようです。
本書では、ハリウッドを舞台にアメリカ社会が日本のよきところを倣おうとしていることがよく分かります。
”おつかれさま”っていう言葉は、何気ないフレーズですが、はんなりとした気遣いに、万国共通で心が和むことは間違いないと思います。なぜでしょう？
ハリウッドにまねされていると聞いただけで、
うれしくなって買ってしまいました。
外から日本がどう見られているか気になって
眠れない人は読むとよく眠れるでしょう。
脇腹をくすぐられる本です。
ハリウッドのエンターテイメントの現場で、
日本のポップカルチャー・サブカルチャー、
および食文化を筆頭にした日本文化が広がっているというの報告です。

筆者はその背景に、日本独特の和の精神、謙譲の美徳等、
日本の集団主義が米国人に指示されているという。
これは「Japan as No1」と同じ主張である。
80年代は製造業で日本礼賛が発生したが、
20年経過して、エンターテイメントにその範疇が拡大したという理解をしました。

物足りないのは、
Japan Cool現象は、日本の精神文化の優越性に基づくものであることの、
具体的な説明がなく、
あくまでも筆者の印象に過ぎないことです。

海外の日本文化愛好家を取材した著作はいくつもありますが、
それらはインタビュー等の取材で、
日本文化が広がる下地を示してみせています。
本書もそういう手続きがあると、説得力が増したように思います。
本書に書かれている、日本ブームはホントだと感じるからです。

編集の段階で、もう少し自伝的な構成にする等、工夫があればもっと楽しめたと思います。日本人が本来持っている良さは、日本に居るとなかなか気がつきません。
また、日本人も日本の良さをどんどん失っている部分もあります。
ハリウッドからみた日本の魅力、海外からみた日本の素晴らしさを読むことで、自分自身のライフスタイルや日々の心掛けも変化してゆくことを感じます。
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<title>「嫌消費」世代の研究――経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち</title>
<link>http://c-book-046.book-fun.com/detail/13/4492395210.html</link>
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<description> 最近の報道では百貨店の売上減少に歯止めがかからず、特に地方では閉店が相次いでいるようである。
 また、自動車に関心を持たない、大型テレビにも海外旅行にも興味を持たない若者層が増えているという。そう...</description>
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 最近の報道では百貨店の売上減少に歯止めがかからず、特に地方では閉店が相次いでいるようである。
 また、自動車に関心を持たない、大型テレビにも海外旅行にも興味を持たない若者層が増えているという。そういうなかで、若者はインターネット通販で買ったり、外食よりは一人で鍋、それに体に悪いアルコールはいらない、などの行動が見られるという。

 本書はこれらの若者の「嫌消費」と言われる消費行動を分析し、これら若者へのマーケティングをどのように進めたらよいのか参考にしてもらおうというものである。

 結論から言えば、収入見通しが不安で年金や医療も不安な中、他者依存の傾向の強い若者たちを「消費」に向かわせている。
 その一方で、衣食住の分野では、関心の高さが読み取れるという。必ずしも若い世代は「嫌消費」というわけではなく、将来への不安を取り除いて、安心できる社会を作っていくことこそが、消費の復活を果たすことができると言えそうである。ベストセラーの「フリー」と一緒に読む事をおススメしたい本。30歳で年収400万円が中流と下流の境目であるというセンセーショナルな考えを示した「下流社会」は記憶に新しいところだ。この本では日本国民を幾つかの世代に分類し、その中で年齢的に今後消費の中心ゾーン入りする「バブル後世代」のライフスタイルや消費行動を分析し、消費が伸びない現象を説明している。

「バブル後世代」とは、1979年から83年に生まれた一定の年齢層で81年の第2時石油ショックの前後に誕生し、94年の中学入試の時にバブルが崩壊。阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件といった社会的な事件を経験し、ITバブルの崩壊後の2000年から2004年の間の就職氷河期に就活をし現在にいたるなど、いわゆる「いい思い」をしていない世代だ。

そんな彼らは、収入が増えても消費を増やさないという消費行動を取る傾向が強く、大型テレビや自家用車、マイホームなどへの関心が低いと言われている。こういった価値観が今後国内消費の中心になっていくと、幾ら値段を下げても必要無いものは購入しない。つまり、GDPの6割を占めると言われる個人消費、すなわち内需が増加しないということになる。

この本ではこの世代の消費行動である「嫌消費」を克服するためのヒントが書かれている。マーケティングを仕事にしている人必見の一冊だ。すでに何人かのレビュアーが書いているが、消費しないバブル後世代の
最大の特徴を「強い劣等感」とし、ネガティブな言い回しで「嫌消費世代」
としている点が私も気にくわない。
いつの時代も、古い世代は「最近の若いやつは」と嘆く。
しかし、いつの時代も、若い世代が次の時代を切り開くのだ。

・・・ただし。
この本は良い本である。
少なくとも私にとってはとても良い本だった。
調査の専門家が書いた本だけあって、データの取り扱い方や分析の仕方に
誠実さやまじめさを感じる。
調査に対するこだわりや気概が伺え、若い世代の特徴はきちんと捉えている。

問題はその特徴をどう解釈するか。
著者はこれまでの古い世代を「是」、若い世代を「非」と無意識に捉えている
ように思えるがそれさえなければ、この本は実に有用であると思う。
掲載されている調結果をもとに、著者の解釈も参考にした上で、
読んだ人それぞれが解釈すればいいのではないだろうか。

自らの解釈のみ、あるいはそれに都合の良いバイアスありありの
データのみを出している本も多い中、この本は各種データや各世代の特徴を、
公正な立場で一度きちんと表してから、著者が自らの解釈を加えている。
そういう意味で良い本だ。

私自身の解釈・考えは、むしろ古い「消費世代」が、この本で言う若い
「嫌消費世代」を見習わなければならないと思う。
環境に優しいサスティナビリティな社会を築いていくには、彼らの感覚・
価値観こそがマッチする。
企業は、彼らが気に入るサービスや商品をつくり、彼らの心に響くコミュニ
ケーションを行って行かなければならない。
そうしなければ古い世代とともに消え去る運命となるだろう。

こうした考えを与えてくれた本書に感謝したい。実務マーケターらしい「嫌消費」というコンセプトはよいと思います。

ただそもそも消費者を「世代」でくくってみるという方法自体が、すでに古いのでは？ 買わない理由はそんなに単純ではありませんし､一方で爆発的なヒット商品も出ています。嫌消費世代が本当なら､このようなマス消費時代のような購買行動は起きにくいと思うのですがね。価値観が時代に適応しただけだと思う。
劣等感というネガティブな言葉で括るのは、彼らに失礼だし、責任だ。

経済成長を前提とし、我々が維持できなかったシステム（年金、教育、医療、環境保全）が崩壊する中、
彼らは、あと50年も生きなくてはならないのだから。
今、余計に高付加価値な嗜好品や消耗品に手を出せ、と喚起するのはあまりに滑稽だ。


彼らは今、消費や金銭に依存しない新しい幸福を見つけるため、試行錯誤を繰り返しているように見える。
ネット上の、無償の作品公開を通した自己実現など、その最たる例だろう。

なんと健気で逞しいことか。


筆者の世代のような、消費を諦めきれない個人や、金銭の他に寄る辺の無い企業体は、
地震や戦争など、致命的な災害によるリコンストラクションを待つか、新興国に移住する他ないだろう。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/14/4140093447.html">
<title>思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ (NHKブックス別巻)</title>
<link>http://c-book-046.book-fun.com/detail/14/4140093447.html</link>
<dc:date>2010-03-07T17:32:09+09:00</dc:date>
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<description>いいとこどりの結末・・・
＞ 次第につまらなくなってしまう
愚は愚と分かっていても・・・
＞ アドルノの「否定弁証法」（不可能な全体性をめぐる終わりなき思索）
＞ 都市のように常に新しい人間がわいわ...</description>
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いいとこどりの結末・・・
＞ 次第につまらなくなってしまう
愚は愚と分かっていても・・・
＞ アドルノの「否定弁証法」（不可能な全体性をめぐる終わりなき思索）
＞ 都市のように常に新しい人間がわいわいと集まってくる
＞ 猥雑な空間を維持するためには、互いの顔の見えない匿名性が必要

宮台真司先生
＞ 全体性を素朴に把握できると考える者と、
＞ 全体性を把握できないから動的に振る舞おうと考える者と、
＞ どちらが全体性について適切に理解しているのかという問題です。・・・
＞ 基本的にコミュニケーションの適切な接続を可能にするような材料を提起できれば、
＞ 全体性という言葉を使うかどうかはプラグマティックにはどちらでもかまわないのです。
「全体性」⇒ 合理性、公共性、環境、科学、正義
語り得ぬが故に入れ替え可能・・・ 匿名性もいいもんだ（笑）思想誌なんて、最近ほとんど読んでないけど、これは第1巻から読んでいる。内容は、よく分らないけど、たまには、こういった難しい話もね。

今号の特集は、アーキテクチャ。もともと多義的に使われているこの言葉なので、建築のことやら社会制度のことやら、ごちゃまぜで、ちょっとついていけない感じだったけど、ローレンス・レッシグの『CODE』を読んでいたので、それに引きつけて、理解しようとした。

もともと、自分も法律を勉強したし、今は情報システムの仕事をしているし、地方自治体で条例をつくったりもしていたので、彼の議論は理解しやすい。

アーキテクチャ的なものは、今に限らず、昔からあったように思う。それが、インターネットの発達によって、より簡単に人々の行動を規制できるようになっただけだ。アーキテクチャですべてを規制できるわけではない。アーキテクチャの変化のプロセスまでをアーキテクチャ自体に内包させるということであれば、理解できるが、それは結局プロセスをどう規定しておくか、ということだけになりそう。というか、そこには新しいことなどなさそうな気がするが。レッシグはこういうこと言ってたのではない気がする。

なんか、アーキテクチャについては自分の誤読っぽい。

今号でほかによかったのは、円城塔の短編が収録されていたこと。フィクションがなぜこの本にというところはあるけど、SFファンとしてはうれしい。相変わらず、難解だけど...  ここで言う「アーキテクチャ」とは「建築」のみを指すのではなく、「社会設計」「コンピュータ・システム」をも含め、「現代社会において人間の生活にいつの間にか入り込んで人々の行動を制御する、工学的で匿名的な権力の総称」として使われている。

 共同討議「アーキテクチャと思考の場所」では、建築家代表として磯崎新氏が参加しており、孫ほど年が離れた論者たちと議論を交わしている。そこで磯崎氏は、90年以降に建築という概念が拡張していくことを指摘し、元世界銀行総裁のポール・ウォルフォウィッツが建築家という肩書で新聞に出たことに触れ、「政治的なあるいは経済的な社会構造全部を含めた構想を組み立てていく人間」を広く建築家と呼ぶようになったとする。

 さらに2ちゃんねるアーキテクトとしての西村博之氏に話題が及ぶ。西村氏は「ネット・コミュニティを作りたいんじゃなくて、ネット上の都市のようなものを作りたい」と述べ、その「匿名性」に注目している。

 共同討議とは別に、若手建築家代表？として、藤村龍至氏による論文「グーグル的建築家像をめざして」が掲載されており、そこで藤村氏は、与条件を深く読み込んだ建築としての複雑さを維持しつつ、スピードと両立するために開発・実践している「超線形設計プロセス論」という方法論を紹介。具体的に言うと、設計履歴を残すことによって、専門家の暗黙知を共有可能な形式知に変え、設計に関わる人々の集合知を形成しようとするプロセス。

 理論社会学専攻の鈴木謙介氏は論文「設計される意欲」で、アーキテクチャとは「人々に不自由感を与えることなく、設計者の思い通りに人々を操作する統治技術」としているのは、映画：マトリックスを思い起こさせる。

 その他にも多数の論文が掲載されており、現代思想に関する知識に乏しい身には理解しづらい専門用語も見受けられるが、同世代の論者たちが現代社会を様々な視点から読み解く内容は非常に刺激になる。
 お馴染み思想地図の第三弾。今回は編者の東浩紀が言うように、アーキテクチャ（建築）というテーマが見事に一貫しており、これまでの思想地図の中で最高傑作と言っていいかもしれない。
 
 アーキテクチャに纏わる寄稿論文も素晴らしいけれど、やはり東工大で行われたシンポジウムが卓越していると感じる。とくに、長年建築家として活躍されているベテランの磯崎氏と、現在、情報社会論の若手研究者として冴え渡っている濱野氏とのやりとりには極めて多くの知的興味をそそられる。磯崎氏は、リアルの建築には必ず物理的な「終わり＝切断面」を考慮する必要があると言う。一方、濱野氏は、ニコニコ動画のようなウェブの建築工学はあたかも進化論のように「自動生成」しており、その建築において「終わり」は見えない、と述べる。
 
 オフラインの建築とオンラインの建築、一見真逆とも思えるこの両者が結びつくところはあるのか。そしてそこには何が生まれるのか。極めて分かりやすかった左右イデオロギーが凋落したゼロ年代の思想において、アーキテクチャというキーワードは、新たな思想的強度を担保するタームとなることに間違いないだろう。
 
 ２１世紀の思想（人文知と工学知の融合）を考える上で、非常にたくさんの知的刺激を受けること必至の一冊。シンポジウムとは概ね何か結論が出てみんなでハッピーエンドという訳にはいかず、打ち上げ花火みたいなものでパッと開いて後には何も残らない…というのが常でありそういうものですが、今回収められたシンポジウムは、そもそも参加者の思考がバラバラの中その手探りの歩み寄り（だが決して、誰一人として寄ることはできなかった模様）を見せられたけで終わったような感じでした。とは言っても、その「歩み寄り」はやはりベテラン勢、芸になっています。読んで損をするということは無いでしょう。それぞれの立ち位置ははっきりと出ており、そう言う意味では非常によいシンポジウムなのかも知れません。。

今回、いまやいたるところで名前を見る感がありますが、作家の円城塔さんが小説を書いているということで興味を持ち、買いました。本書自体のアーキテクチャとして、今回の巻は一番うまく出来上がっていたのではないかと思います。もう少し個人の論考をきちんと多く入れて欲しかったというのはありますが。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/15/4140093471.html">
<title>思想地図vol.4 特集・想像力 (NHKブックス別巻)</title>
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<description>宇野論文、仲正論文目当てで購入した。
宇野の「批判的市場主義」、「ハイブリッド化」という概念は射程がものすごく広い。仲正のアメリカと日本のサブカルチャー分析もおもしろい。僕はこの二論文を読んで、今ま...</description>
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宇野論文、仲正論文目当てで購入した。
宇野の「批判的市場主義」、「ハイブリッド化」という概念は射程がものすごく広い。仲正のアメリカと日本のサブカルチャー分析もおもしろい。僕はこの二論文を読んで、今まで名前を知るだけだった『コードギアス 反逆のルルーシュ 1 [DVD]』を見ることに決めた。中沢新一インタヴューもいい。この人の本をいままで一冊も読んだことがないが「ガチ」な思想家であることを知ることができた。中沢の業績をまとめた論者による「生命化するトランスモダン」というのも非常に読み応えがあった。
アーキテクチャー特集であるらしい前号未読のため、社会デザイン的視点と対比して「想像力」というテーマのぶち上げがうまくいっているかどうかはわからない。でも、ゼロ年代が不毛な時代であるというのが偏った見方だと個人的に説得されてしまった。
今までまったく知らなかった固有名を教えられ、「見たい！」「読みたい！」という欲望を駆り立てられた。
作り手・受けてに関係なく（二つを分ける考えかたがすでに前世紀の遺物なのかもしれない）、一九九五年以上の文化シーンを振り返って次への跳躍を考える人には必読といえましょう。他の方のレビューにもあるように、非常に豪華なラインナップ。
中沢新一、村上隆へのインタビュー、宮崎哲弥、宮台真司との対談、阿部和重の短編など、
他の文芸誌等でメインをはれるであろう企画がまとめて読めるなんて、非常に贅沢。

しかも『１Ｑ８４』をキーとした村上春樹評もあり、けっこうそこからの流入は多いのでは。
普段、この手の本を読まない層にも「ゼロ年代」の締めくくりとして読んでほしい本です。読み始めてから、読み終えるまで今回はかなり時間がかかってしまった。前回の特集は「アーキテクチャ」で、その刺激的な内容にのめり込むように読んだんだけど、どうしてだろう、あまり読むのが進まなかった。

想像力という特集の割には、自分の想像力をかきたてられるような内容の記事がなかったのかな。

冒頭の中沢新一のインタビューは面白かったし、「変容する「政治性」のゆくえ」という東浩紀＋宇野常寛＋速水健朗＋ 宮崎哲弥の4氏の座談会も読み応えがあった。

座談会のもう一本、東浩紀＋宇野常寛＋黒瀬陽平＋氷川竜介＋山本寛の「物語とアニメーションの未来」が、期待した内容ではなかった。エヴァとかサマーウォーズとかを題材に論じているんだけど、現実は分かるけど、それで未来はどうなるのって言う感じ。何かが生まれてくる感じがしない。それが今の問題なのかもしれない。

気になったところは「村上春樹とミニマリズムの時代」という座談会の中でミシェル・ウエルベックに言及されたところ。日本でウエルベック的な小説って確かにないなぁ。そこが日本とヨーロッパの違いなのかもしれない。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/16/4480064141.html">
<title>3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書)</title>
<link>http://c-book-046.book-fun.com/detail/16/4480064141.html</link>
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<description>サラリーマンになることが当然の道だということに 
疑問を感じただけなんです。 
サラリーマンになるために力を注いできたことに 
納得がいかないだけなんです。 

何者かになりたくてあがいていたはずな...</description>
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サラリーマンになることが当然の道だということに 
疑問を感じただけなんです。 
サラリーマンになるために力を注いできたことに 
納得がいかないだけなんです。 

何者かになりたくてあがいていたはずなんです。 
だってそうでしょう。 
小さい頃から「会社員」って夢を描いていた人は 
少なくとも自分の周りにいなかったから。昭和的価値観と平成的価値観という考え方は同感する。
滅私奉公と自主独立といったところか。
著者の主張に大枠は賛成できるのだが、
挙げられた事例が偏っており、多くの読者の共感と理解を得られるか心配。
著者が日常付き合っている人脈の傾向が想像できた。
東大法学部卒のエリートさんから見たら、世の中こう見えるのね、
などと思われそうだ。

そして、城さんの著作全般に言えることだが、
文中で特定企業固有の人事用語が使用されているため、
知らない方には真の意図が伝わらない気がする。
帯に「もっとワガママに生きろ！」とある。年功序列をはじめとする昭和時代から続く会社内での決まり事ややり方、働き方といった昭和的価値観と対比して、平成的生き方を選択した若者の事例を多数紹介することで、既に時代は変わっているのだと示すことを意図した本である。あえてアウトサイダーと呼ばれてもワガママと指さされても、自分が決め自分の価値観に基づいて選んだ生き方で暮らす若者が「生き生きと」紹介されている。

でも、数々紹介された事例の生き方について、その全てが特にうらやましいとも素敵だとも思えない。結局は、自分自身にフィットした生き方がイキイキ・ワクワクとする訳で、あくまでひとごとだからなのかもしれない。前著、若者はなぜ三年で辞めるのかは、後世に残る名著です。

が、この本は駄作です

はっきりいって、何がいいたいのかわからないし、あいまいだし、たぶん筆者もわかってないんだろうと思います。

ただのくだらない、雑誌によくあるような、色んな人の生い立ち集にすぎません

前著のように、キラリと光る洞察があればなあと思います

例えば、この本は、昭和感覚と比べ、どれだけ現代人が新しい感覚を創っているかという構成です。

だったらいっそのこと、新しい平成感覚を、筆者独自の洞察と独断で、決め付けて書いてしまったらよかったんです。そしてさらに、未来の平成後期の感覚がどうなるかを、予測すれば良かったのです

そうすれば、うまくしたら、前著にも劣らないような、名著になったでしょう

この本は、本当につまらない、ただの人を取材して並べただけの、駄著です現実を冷静に見るには、まず疑問に思うことが必要。

しかし、当たり前と思われていることほど疑うのが難しい。

特に世間も疑問に思っていなければなおさら。

その当たり前らしきものがいわば”価値観”だけど、成功体験を内包する価値観ほど盲目に過信されがち。

特に世の中を動かしている世代にとっては絶対的。

新しい価値観がどんなものか見ようともせずに、排除する傾向があると思います。

良くも悪くも、今は何もかもが変動しようとしている不安定期にあります。

そんな時に、過去の価値観に縛られていると、振り回されるだけです。


最近の若い者は―。


そう愚痴るのは簡単ですが、実は現在の情勢に柔軟に対応した姿かもしれません。

本書は、昭和的価値観とその反証としての事例を紹介する形式で書かれている。

それは決して副題に付けられた「アウトサイダー」という言葉から受ける印象とは異なる、信念を持った生き方である。

アウトサイダーとは、古い価値観に埋没するな、というメッセージでしょう。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/17/4167717735.html">
<title>街場の現代思想 (文春文庫)</title>
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<description>モーリス・ブランショが作家について述べた言葉。 

「作家はその作品を通じて、自分を発見し、自分を実現する。 
作品以前において、作家は自分が誰であるかを知らないし、 
現に何ものでもない。 
作家...</description>
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<![CDATA[
モーリス・ブランショが作家について述べた言葉。 

「作家はその作品を通じて、自分を発見し、自分を実現する。 
作品以前において、作家は自分が誰であるかを知らないし、 
現に何ものでもない。 
作家は作品を始点にして存在し始める」 

この中の「作家」を「人間」に、 
「作品」を「労働」に置き換えてみてください、と 
著者は言う。 

俯瞰すること。 
物事を見通す術の一片を見た気がする。この人の書くものを読んでいつも感じるのは、なににつけてものバランスのよさです。本書も筆者に寄せられた悩みや戯言に丁寧に、しかし時に大きく振りかぶって一刀両断に答えていくのですが、題名にあるような現代思想を例に引くことも多い割には自然に、たいへん示唆に富んだ箴言を連発します。肩肘を張らず、思考のトレーニングを行うことができる一冊です。  裁判員制度が始まった。自分が裁判員に選ばれたらどうするか、凶悪な犯罪者に対し極刑の判決を下すことができるのか、等々、議論ともつかない議論が中途半端にマスコミをにぎわしているが、いずれも裁く側にとっての裁判員制度の是非であり、裁かれる側にとってのそれが議論されているのを見たことがない。
 なるほど裁判員制度の導入によって刑が軽くなるケースもあるであろう。しかしそうはならないケースも当然考えられるし考えなければならないはずである。裁判官にではなく一般市民によって死刑を宣告される犯罪者の気持ちはいかなるものであろうか。
 例えばわれわれはある特定の人物から社会的に評価されることが多い。学生は教師から、サラリーマンは上司から。低い評価を不当と感じることもあるだろうし「何も分かっちゃいねえ」と毒づくこともあるであろう。
 しかしそう毒づくことができるのは「ほかのみんなは分かってくれている」という信憑があるからである。その信憑が裏切られたときどうなるだろうか。全ての同級生が、全ての同僚が、自分に対し低い評価しか下していないことが明らかになったら。
 誤差を含む主観的評価だからこそ救われているという現実がある。本書の「完全能力主義社会というのは完全な地獄だ」という内田の言葉を読んだとき、わが意を得たりの思いがした。
 もう一つ興味深い論点として文化資本主義という考え方が提示されている。「気がついたら身についていた」教養を持つ「血統による文化貴族」に、「気がついたら身についていなかった」教養を持たない「学歴による文化貴族」は決して追いつくことができないという格差社会論は、環境決定論をほぼ肯定しているように見える。このような考え方は嫌いだし正しいとも思わないが、内田に説かれると正しいような気にさせられてしまう。雄弁家の功罪ともいえよう。世の中には、何となくおかしいと思うが、筋道を立てて
反論しにくい、というたぐいの正論がある。
例えば「人事評価制度を公明正大にせよ」とか
「がんばって教養を身につけるべき」とか。
まあ、反論出来ないのは自分の論理力の問題なのだが・・

内田樹はそういうこと（対象領域は何でも）に対して、
少し次元を変えた論を起こし、一般的でない結論を提示
しようとする。
その中のいくつかは、「何となく思っていたけれども、自分では
うまく言語化出来なかったこと」という読者のモヤモヤとシンクロする。
そのスッキリ感が、内田樹の本（またはブログ。どちらでも同じだが）
をむさぼり読んでしまう理由だと思われる。

読後は「俺は元々そう思っていたんだよ。内田樹もたまたま同じ
ことを言っているように」と勘違いが残る。
愉悦である。正直、著者のことを知らなくてたまたま手に取った本だったが
読んでびっくり。目から鱗から落ちるというのはこういうことか。

教養とは、文化資本の獲得とは、敬語の真の意味とは、成果主義について、
婚姻制度の意味、夫婦が離婚に至るまで、などなど・・・

俺は他人より教養があって頭が良い、今の会社はなんてつまらないんだろう、とりあえず
転職してやるか、といった考えをもつ若い人に読んでほしい。
自分は本書を読んでいかに自分がバカかと思いました。

俺らしさ、自分らしさを追求してしまいがちな人は
同著者の「疲れすぎて〜」も一読をお勧めします。

まあ、一般人にはそう単純にはいかないんじゃないの？という感じる点も
少々ありますが、たになる本であることは間違いないと思います。
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<item rdf:about="http://c-book-046.book-fun.com/detail/18/4492223010.html">
<title>なぜ若者は保守化するのか-反転する現実と願望</title>
<link>http://c-book-046.book-fun.com/detail/18/4492223010.html</link>
<dc:date>2010-03-07T17:32:09+09:00</dc:date>
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<description>週間東洋経済に掲載されたコラムをまとめた本。
約５ページのコラムが４０弱あり、一つ一つがとてもわかりやすく、読みやすい。
全体的には、若者が危機に陥っていることを強調する内容。
それを様々な切り口で...</description>
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<![CDATA[
週間東洋経済に掲載されたコラムをまとめた本。
約５ページのコラムが４０弱あり、一つ一つがとてもわかりやすく、読みやすい。
全体的には、若者が危機に陥っていることを強調する内容。
それを様々な切り口で説明している。
現状の若者を取り巻く環境や状況を把握するには良い本。

ただ、著者は若者が保守化することについて、全体としてはネガティブに
捉えているように思えるが、そこがちょっと気になるところ。

保守化自体は、良いも悪いもなく、単なる特徴。
本書では今の若者について
・希望がもてない
・追いつめられている
としているが、いつの時代も多かれ少なかれ、みんな何らかの形で追いつめられる。
今の若者は「保守化」という手段でそれに対抗しており、今の世の中に
うまく対応しているとみることもできる。
この対応の結果、確かに不透明な点があることは否定しないが、
暗いものになるとは限らないと思うのだが。
経済誌に著者が連載していたコラムを、
再構成したものです。
時事ネタをまくらに、
家族社会学の知見をまぶし
世の中への問題提起と、処方箋を書いています。

家族と雇用が流動化するなかで、
（バツイチ、バツニ当たり前）
（派遣、合併、倒産よくある話）
青春を過ごしてき若者が
保守化（というか安定を目指す）のは
当然かもしれません。

「正社員にならないと、派遣切りにあっちゃうわよ」
そんな風に親から小言を聞かされ、
派遣村のニュースをテレビで見させられたらねぇ。

変化に対して、
あまりにネガティブな情報ばかりを流す
マスコミの影響が大きいのでは？

コラムなので、読みやすくとっつきやすい反面、
ロジックの飛躍や物足りなさも感じる人もいるでしょう。
が、まあ、それはそれ。
入門書としては最適なのではないでしょうか。
この本を入り口として、興味面白く読めたら、
著者の本を読み進めていくといいと思います。失業や貧困が増大する時代に、若年失業者や貧困層のような人たちにその問題を責任転嫁させ
スケープゴートにする弱者イジメの社会。

パラサイトシングルやニート、草食系、ゆとりなど社会的弱者や貧困層に対する差別的な用語が次々作られる。
それを推進する、この人みたいな御用学者や御用メディア。

経済の低迷や社会の混乱が続く中で、社会的弱者や少数派に憎悪が向かいスケープゴートにされる。
この十年若年失業者や貧困層のような人たちが厳しく批判や差別されたのはそれである。
歴史的には戦時中のユダヤ人狩りや非国民狩り、アカ狩り、魔女狩りなどと全く同様の現象である。

そのような社会では心を病み、鬱病の人も増える一方なのは当然であろう。これは素晴らしい。即時性を重視し完成度は後回しだが、現代日本社会の問題点を鋭く捉えた良書である。

 ○現代日本の問題は、過剰な消費者中心主義である
（子供と高齢層、専業主婦の生活満足度が最も高いという調査結果が出ている）
 ○高収入同士のカップルと低収入同士のカップルとの経済格差は原理的に是正困難である
 ○うつを惹き起こす要因のひとつは、希望が過剰にあり過ぎる現代社会
 ○新卒一括採用の慣習が日本に閉塞感をもたらしている
 ○20代女性の「男女分業（男は仕事、女は家事育児）賛成派」は40％を超えている

無根拠かつ無責任な通説を見事に破砕する視点を幾つか紹介してみた。
是非各位とも一読されることをお薦めする。

社会問題において安易に何かの「犯人」を発見しようとする素朴な欲望は
大抵とんでもない脱線か「冤罪」をもらしがちである。

尚、現代の消費者中心主義の問題は、鳩山首相も購入した以下の著書に詳しい。
暴走する資本主義 Supercapitalism 「パラサイトシングル」や「婚活」で有名な山田氏が週刊東洋経済（最近就活で大学生におすすめされている老舗経済雑誌の一つですね）で書いたコラムをまとめたもの。タイトルに反して若者論を逸脱する内容もちらほらするなか非常に興味深い内容になった。
 全体的に落ち着いた内容で概ね目を引く派手なものはあまりなく、著者の意見というより「社会学ではこのようなことが言われていますよ」という案内的な内容であるが社会学の門外漢は大いに参考になる。
 私としてはｐ165「バラまきでは地方は生まれ変われない」とｐ185「能力の開発には家庭教育が重要」が面白かった。前者は地方が衰退するのは地方が人的レベルが低いからだ、とするもの。最近地方がもてはやされ都会や中央が非難されるが都会の税金で食っているものがそれを言うのは筋違いなのだがこれをはっきりという者はあまりいない（三浦展がわずかに言及する程度か）ので私としては氏の物言いにすっきりとした。後者は家庭の知的レベルが子供の知的クリエイティビテイを育てるという内容である。子供をどう育てるかに腐心する親は多いが、肝心の自身を顧みる親はあまりいない。「子は親の背を見て育つ」というではないか。最近私は本書を元にして子を持つ友人には「子供を育てる前にお前自身を育てろ」と自分勝手に説教している。私のそのような態度はさておいて、是非親御さんは本書ｐ185だけでも読んでほしい。人生の座右の銘になるはずだ。（他にも本書はいいことがたくさん書いてあるが紙面の都合上割愛）
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<title>持続可能な未来へ</title>
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<title>世界がもし100人の村だったら</title>
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 誰かの書いた一通のメールが、多...</description>
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ただ数字と言葉を並べただけ感動する意味が分からないこんな本買うぐらいなら募金した方がよっぽど有意義 世界を神の視点で眺めて、こんな感じで見えるかもと思う一冊です。

 誰かの書いた一通のメールが、多くの人の目留まり、変化し、こんなにも世界を駆け巡るものかと思いました。

 インターネットで世界が変わるとしたら、こんな些細な一通のメールによるものかもしれないと思う一冊です。
インターネットを使って複数の人が作り上げた
グローバル時代の民話である

以下はその抜粋

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  世界には６３億人の人がいますが、
  もしそれを１００人の村に縮めると
  どうなるでしょう。
  １００人のうち
  ５２人が女性です ４８人が男性です
  ３０人が子どもで ７０人が大人です
  そのうち７人がお年寄りです

  ２０人は栄養がじゅうぶんではなく
  １人は死にそうなほどです
  でも１５人は太りすぎです

  すべてのエネルギーのうち
  ２０人が８０％を使い
  ８０人が２０％を分け合っています
------------------------------------------

数字がある
世界が見える
心を感じる

誰かと共有したい
そんな気持ちになる世界人口63億人。アジア・アフリカを中心に今後も伸び続けるだろう。
私たちはそんな中の一人にすぎない。しかし、世界があまりに大きくて、
また毎日の生活に追われて、そんなことにも気づきにくくなっている毎日…。

そんな世界を凝縮して100人の村にたとえて、事実を淡々と語ってくれる
ことによって、身近なこととして「引きつけて」感じることができる。

世界は実に広い。世界には多くの人がいて、独自の文化を歩み、様々な
生活を送っている。そんなことは知っている（つもりだ）……
けれど、本当に知っているのだろうか。世界を歩いたこともない人が、
世界を客観的に見ているのだろうか。

世界から見れば、日本なんてほんの小さな一国でしかない。
日本人としてのアイデンティティをもち、バイアスのかかった
色眼鏡で見るのではなく、世界を客観的に訥々とみてみませんか？

「世界は広い」とか、「世界には色々な人がいる」…
このような発言は、確かにその通りなのだが、やはり、世界のことについて
勉強した人が言うべき言葉である。この本を読んでそう思った。

事実を淡々と挙げていく文調がよけいに、余計に心に響く本だった。この本では、世界の統計数値が世界人口を100人換算した場合の人数
という分かりやすい形で提示される。
内容の大部分で示すのはそれらの統計数字。
それに加えて、最後の数ページで
自分の人生を愛そう、世界のことを考えようというメッセージが述べられる。

数字の解釈というものは人それぞれ。
それに人間の幸福というものの解釈は人それぞれで、
他の多くの方のレビューで述べられているような
物質的に豊かだから幸福とは限らない、という意見には僕も賛成。
ただ、世界には暴力を以て虐げられている人達は確かにいて、
その人たちの状態を改善出来る可能性は、
他者に目を向ける余裕のある相対的に豊かな国の人達の方が高いと思う。

本書は、人間の多様性、人類全体の概観を分かりやすく提供してくれる良書。
ただ、「分かりやすい」数字というのは曲者で、
無視された部分、厳密でない部分、恣意的な部分が多々有りはすることに注意。

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